リンカーン大統領も、夢で「自分の死」を予知した?
「亡くなった人が夢で生きていて会う」「いま生きている人が夢の中では死んでいる」という夢のテーマは世界共通のもので、少なくありません。
私はそのことを知っているので、夢の中に亡くなった人が出てきても自然に受け止めますが、何かのサインではないかと心配になる人も多いようですね。
リンカーン大統領が暗殺される2週間前に、「ホワイトハウス内の大統領の葬儀」を夢にみたエピソードは予知夢の話題ではよく紹介されるものです(*1)。リンカーン大統領は夢をみたあと、「この夢の中で死んでいたのは、私でなく別人だよ」と言います。
この時点で、リンカーン大統領は補佐官から「暗殺計画をつかんだ」と報告を受けていて、たびたび脅迫状も受け取っており、未遂事件もあり、暗殺されるかもしれないと不安が高い状態だったと推測されます。このように不安な夢と現実が一致したときに、人は「予知できていたのに」と思いこむ傾向があります。
予知夢の正体、「認知バイアス」
予知夢については講演会や各種メディアでの取材で、よくご質問いただくテーマです。
夢の内容には、今後起こりそうだと不安に感じる危機的状況が含まれることが多いので、予知夢としてとらえてしまうことは多々あると思います。
その理由として、心理学の研究では、大きな事件後に“予知夢をみた”と思い込む「認知バイアス」が報告されています。自分がみた夢の内容と実際に起こった出来事に類似性があると、「当たった!」と判断しますが、当たらなかった場合にはその夢をみたこと自体を忘れてしまう認知的な偏りのことです。
日本は地震や火山の噴火、水害などの自然災害が多く、これらの被害に関する不安や警戒心が強いので、より多くの人が地震や津波、洪水の夢をみる可能性が高いです。その後、地震が起こると「予知夢をみた」と判断しがちになります。
自然災害と同様に、世の中に不安をかきたてる誘拐や殺人などの犯罪、テロや戦争などの不幸な出来事はたくさんあり、毎日のように報道されます。人は不安になってこれらに関連する不安な夢をたびたびみることで、世界中で予知夢と思えるような体験をする人も多くなるのだと思います。
頻発する出来事ほど、またその出来事に関心がある人が多いほど、「夢が当たった!」と判断する人が多くなります。世界の人口を考えると夢をみる人の母数は多くなり、これを心理学者のリチャード・ワイズマンは「多数の法則」と名づけています。
悪い予知夢だけではなく、いい予知夢をみたという方もいらっしゃると思います。
宝くじを買う人は世界中にたくさんいて、当たることを“夢”みて眠るので、当選の夢をみる方はたくさんいます。実際に当選した人は「予知夢をみた」となりますが、当選の夢をみても当たらなかった人は、夢そのものを忘れてしまうというわけです。
「不安な夢」をみたときは…
またアメリカの心理学ダニエル・ウェグナーが、「考えまいとすると余計考えてしまう思考抑制の逆効果(シロクマ効果)(*2)」を提唱しました。ウェグナーは、夢に出てほしくない出来事を考えまいとすると夢に出る「夢のリバウンド効果」を検証していて、「悪い夢を気にしないようにするよりは、受け止めたほうがよい」と指摘しています。自然と忘れられるレベルならOKでしょう。
さらに、悪い夢を予兆的な夢と認識することは、さらに不安をかきたてる悪循環を生む危険性があるので、あまりおすすめできません。
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【*参考文献】
1 リチャード・ワイズマン(2012).『超常現象の科学 なぜ人は幽霊が見えるのか』文藝春秋
2 Wegner, D. M., Wenzlaff, R. M., & Kozak, M. (2004). Dream Rebound: The Return of Suppressed Thoughts in Dreams. Psychological Science, 15(14), 232-236.
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松田 英子
東洋大学 社会学部社会心理学科 教授
公認心理師・臨床心理士
夢の専門家。東洋大学社会学部社会心理学科教授。公認心理師・臨床心理士。お茶の水女子大学文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科単位取得満期退学。博士(人文科学)。専門は臨床心理学、パーソナリティ心理学、健康心理学。
著書に『夢と睡眠の心理学』(風間書房)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)、『夢を読み解く心理学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学』(朝日出版社)など多数。
関心分野は、睡眠の改善から心の健康を高めること。小学生から90代まで1万人以上の夢を収集・分析しており、夢の専門家としてメディアにも多数出演している。