そもそも、人は何歳から夢をみるのか?
鮮明な夢をみているとされるレム睡眠の時間帯は、実は胎児からも観察されています。
胎児のレム睡眠はたいへん長く、たっぷりある睡眠時間のうちレム睡眠とノンレム睡眠が半々で、生まれる直前が最長の時間です。とはいえ、その夢はいわゆるわれわれがみる夢とは異なるのではないかと推測する研究者もいます。
生まれたばかりの新生児は、まさに生きるために眠るといってよいと思いますが、一日に占める睡眠時間も16時間から20時間と長く、睡眠のサイクルは同じくレム睡眠が50%、ノンレム睡眠が50%です。成長とともに睡眠時間は短縮し、レム睡眠とノンレム睡眠の割合も変化します。その後、成年期以降レム睡眠が約20%、ノンレム睡眠が約80%で維持されていきますが、老年期になると緩やかにレム睡眠の割合が減少していきます。
乳児から幼児までの間に脳の神経基盤(ニューロン間の回路[シナプス])を整えることは生存のために重要で、この時期に比較的量が多いレム睡眠は、これらシナプスの形成に重要な役割を果たすと考えられています。この時期にみる夢を、夢と認識して語りはじめるまでは、少なくとも生後2~3年はかかるようです。
「夢の内容」と「年齢」の関係
夢と認知発達研究の先駆者である心理学者ディヴィッド・フォルケスは、幼児と児童を中心に夢の認識について調査しました(*1)。
その結果、幼児期中盤の3~4歳で夢の報告があるのは約15%で、日常生活のワンシーンや何かを観察する受け身的な夢だそうです。まるでテレビか何かを視聴しているような感じで、きっとこの頃の夢は自分の外からやってくるものなのでしょうね。
幼児期後半の4~5歳では約30%で、友だちと遊ぶなど社会性が夢に現れてきます。
生活空間の広がりが関連してくる時期であり、小学校に上がる7~8歳では、夢の主人公が自分で、夢は自分の内部から発生するものとわかりはじめるようです。これは自分の記憶を客観的に判断するメタ記憶が小学校の低学年から育ちはじめ、自分の記憶と夢の内容をセルフモニタリング(自己監視)できるように成長したということを意味しています。
ところが成年期をピークとして、加齢とともにゆるやかに夢の想起頻度は低下していきます。
小さい子が「悪夢を“みやすい”」ワケ
また、小さい頃は悪夢を覚えていることが多いこともわかっています。これは自分を取り巻く世界のさまざまなことに自分の力で対処することが難しいためと考えます。
日本から世界に向けて発信された悪夢に対する心理療法に「森田療法」があります。
その創始者の森田正馬(まさたけ)は、少年の頃に真言宗のお寺で極彩色の地獄絵図を見て強く「死の恐怖」を意識したことがきっかけで、地獄に関する悪夢をみたそうです(*2)。
その後、「“死への恐怖”はすばらしいものを生み出す“生への欲望”の裏表であり、死への恐怖感情を自然なこととして受け入れ、とらわれからの解放をめざし、受け入れること」を自分が確立した森田療法の中心テーマにしたことはとても印象深いです。
子どもの頃の印象的な夢が、生涯をかけて取り組む研究テーマにつながっていったわけです。
人は、一生のうち「6~7年半」も夢をみている
年齢によっても異なりますが、レム睡眠の時間は平均で全睡眠時間の20~25%です。日本人の平均年齢から試算して人生の時間を90年とすると、睡眠の時間は30年、そして夢みる時間は6年から7年半となります。
普段夢を覚えていない方はとくにビックリされることでしょう。
夢には「普段使っている感覚」が現れやすいが…
われわれが日常生活のなかで使っている感覚は夢に現れます。視覚や聴覚は比較的出現頻度の高いメジャーな感覚で、嗅覚、味覚、皮膚感覚などはマイナーな感覚です(*3)。
それでは、感覚情報の処理に障害がある方の場合はどうでしょうか。
一般的には、障害のある感覚以外の感覚が優勢になるようです。視覚障害を例とすると、先天盲か中途失明か、また失明の時期によっても異なり、失明をしたのが5歳以下の場合“見る”ことがわからず、7歳以降は視覚の記憶情報があるので、夢に関しても“みる”ことがわかっています。
聴覚に障害がある高校生の夢では、聴覚に障害がない高校生よりも、聴覚以外の感覚が高いという調査報告があります(*4)。
つまり普段の生活からよく使っている感覚が、夢にも現れやすいということでしょう。たとえば音楽家には聴覚に関する夢が多いことと同じです。さらに、嗅覚、味覚は一般的にはマイナーな感覚の夢ですが、香料や食品に関わる職業の方は、夢で体験する頻度が多いのではないでしょうか。
「生まれつき目が見えない人」はどういう夢をみる?
先天盲の方が夢で“みる”症例の報告(*5)や実験研究もあります。
先天盲のアメリアさんは、「鮮やかな夢をみる(視覚、色覚、触覚を含む)」そうですが、視覚を視覚以外の感覚で補っているようです。
もちろん夢を覚えているか否かという特徴そのものにも個人差は大きいようで、「完全に夢をみていた幼い頃から夢を覚えていない人」は大人になっても覚えていません。また夢をみたことはなんとなく覚えていても、内容はいつも覚えていない場合もあります。
2003年に実施されたポルトガルの研究(*6)でも、「先天盲の人も夢の中でみることができる」としています。自宅での、複数の生理反応を同時に記録する実験である「終夜睡眠ポリグラフ実験」が次のように実施されました。
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ひと晩に脳波や眼球運動、呼吸、筋電図等を測定し、覚醒か睡眠か、睡眠ならノンレムの1~4段階かレム睡眠かを判定する。
ひと晩に4回目覚ましで起き、夢の内容をレコーダーに音声で吹き込んで、翌朝紙に(夢の)絵を描く。統制群(比較する群で視覚障害のない方々のグループ)は目をつぶって描く。実験群(先天盲の方々のグループ)と統制群で絵の才能や絵の視覚的要素にも差がない。
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以上の実験により、睡眠中にアルファブロッキングの現象があり(高度な情報処理をしているのでアルファ波[脳が発生する電気的信号]が消えたという意味)、これが視覚心像の処理をしている証左として、夢を示していると主張しています。
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【*参考文献】
1 Foulkes, D.(1999). Children’s dreaming and the development of consciousness. Cambridge: Harvard University Press.
2 北西憲二(2016).『はじめての森田療法』 講談社(講談社現代新書)
3 松田英子(2021).『夢を読み解く心理学』ディスカヴァー・トゥエンティワン(ディスカヴァー携書)
4 Okada, H., &Wakasaya, K. (2016). Dreams of hearing-impaired, compared with hearing, individuals are more sensory and emotional. Dreaming, 26(3), 202-207.
5 エリエザー・J・スタンバーグ(2017).『人はなぜ宇宙人に誘拐されるのか? 自我を形作る「意識」と「無意識」の並列システム』竹書房
6 Bértolo, H., Paiva, T., Pessoa, L., Mestre, T., Marques, R., Santos.R,(2003). Visual dream content, graphical representation and EEG alpha activity in congenitally blind subjects.Cognitive Brain Research, 15(3), 277-284.
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松田 英子
東洋大学 社会学部社会心理学科 教授
公認心理師・臨床心理士
夢の専門家。東洋大学社会学部社会心理学科教授。公認心理師・臨床心理士。お茶の水女子大学文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科単位取得満期退学。博士(人文科学)。専門は臨床心理学、パーソナリティ心理学、健康心理学。
著書に『夢と睡眠の心理学』(風間書房)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)、『夢を読み解く心理学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学』(朝日出版社)など多数。
関心分野は、睡眠の改善から心の健康を高めること。小学生から90代まで1万人以上の夢を収集・分析しており、夢の専門家としてメディアにも多数出演している。