入眠時、「先にレム睡眠がくる」と金縛りになりやすい
1781年にスイス出身の画家ヘンリー・フュースリーが金縛りの様子を「夢魔」という作品に描いています。金縛りは「睡眠麻痺」と呼ばれ、「入眠時レム現象」がもたらす体験であり、生涯経験率は人口の6~8%です。
私は高校時代バレーボール部だったのですが、部活動と受験勉強で忙しかったときにときどき金縛りを経験していました。
それは、ぐるぐる回るように落ちていく感覚で動けず、胸の上に小さい人や動物が乗っていて恐怖感があり、声を出そうとしても出せない──。手足の先を動かせた瞬間に金縛りが解けるというものでした。
脳は活性化しているが、身体は筋弛緩で動かせない状態
若いころに多い体験のようですが、この睡眠麻痺(金縛り)で浮かぶイメージには、宇宙人、エイリアン、UFO、宇宙人などに誘拐されるアブダクションや啓示体験があったという人もいます(*1)。日本では幽霊や座敷わらしなどが報告されることも多く、幻視のイメージは文化により異なっています。
睡眠麻痺のときの脱力発作は、目と喉の筋肉を除いた全身を襲うので、身動きできず連れ去られる感覚があるようです。空気が薄くて窒息するといったようなイメージが広がるのでしょう。
一般的に夢の中では、身体感覚と結びついたイメージ(スクリプト)が活性化しやすく、たとえば鼻づまりの人は、睡眠中に呼吸が苦しいために「溺れる夢」や「酸素の薄い高い山を登る夢」をみることがあります。
金縛りで「他人の気配を感じる」原因も、“脳”にアリ
また、自分以外の他者を夢で感知する体験は、脳の側頭葉を刺激することで生じることが確認されています。この側頭葉は幻視や幻聴など幻覚の生起にかかわっています。
分離脳研究で著名な認知神経科学者のマイケル・ガザニガは、宗教的予言の源は「側頭葉てんかん」にあるとし、心臓発作で危篤状態にある臨死体験者の幻覚について紹介しています(*2)。
この臨死体験者の幻覚と明晰夢には類似性があり、やはり脳の特殊な状態と夢や幻覚が関係していて、かなりの部分が説明可能な時代になったのだなと感慨深いものです。
そして側頭葉てんかん患者にも、宇宙人に連れ去られたとする体験や、宗教的な出来事や目覚めのハイパーリリジアシティ(過宗教的な特徴)があるようで、睡眠麻痺とも接点があることがさらに興味深いです。
金縛りの対処法
金縛りを解くには、指先や爪先など体の先端などを少し動かしてみます。動いた瞬間レム睡眠が解除され、目が覚めます。そうすることで「レム睡眠→ノンレム睡眠」のサイクルをもとの「ノンレム睡眠→レム睡眠」に戻すのです。この方法のほか、「金縛り=レム睡眠に入ったということ」と理解して不安を取り除く、呼吸を整えて筋弛緩させる、そのまま寝入ってしまう、などの対処法があります。
メキシコでは「死者が上に乗る」。各国も恐れる金縛り
金縛りがなぜ怖いと感じるのかの説明をしましたが、恐怖で体が動かず、強い力で押さえつけられるような圧迫を感じる表現は国によってさまざまです。なかには共通点もありますが、日本の「金縛り」は密教の修行からきているといわれていたりして、文化の影響を感じます。とくに身体を押さえつける力を持った主体として、鬼や悪魔、幽霊と、怖いものがさまざま出現します。次に世界の金縛りの表現をいくつか挙げます(*3、4)。
カナダ・ニューファンドランド島の漁村:「ハグド」(鬼婆に襲われた)
カリブ海:「コクマ」(乳児が胸に乗って喉をつかむ)
メキシコ:「スピルセ・エル・ムエルト」(死者が上に乗る)
イギリス:「スタンド・スティル」(眠っている間に魂が体から離れて戻ってこない)
イタリア:「パニダフェッチ」(魔女のような超自然的存在から攻撃される)
トルコ:「カラパサン」(睡眠中にジンという悪魔がきて首を絞める)
中国:「鬼圧床」(幽霊に身体[寝床]を押さえつけられる)
韓国:「ガウィヌリム」(なにか怖いものに押さえられる)
日本:「金縛り」(不動明王が煩悩を封じる密教の修法「金縛法」が由来)
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【*参考文献】
1 エリエザー・J・スタンバーグ(2017).『人はなぜ宇宙人に誘拐されるのか? 自我を形作る「意識」と「無意識」の並列システム』竹書房
2 マイケル・S・ガザニガ(2014).『〈わたし〉はどこにあるのか ガザニガ脳科学講義』紀伊國屋書店
3 アリス・ロブ(2020).『夢の正体―夜の旅を科学する』早川書房
4 大熊輝雄(1986).『夢であなた自身がわかる本』KKベストセラーズ(日本と中国)
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松田 英子
東洋大学 社会学部社会心理学科 教授
公認心理師・臨床心理士
夢の専門家。東洋大学社会学部社会心理学科教授。公認心理師・臨床心理士。お茶の水女子大学文教育学部卒、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科単位取得満期退学。博士(人文科学)。専門は臨床心理学、パーソナリティ心理学、健康心理学。
著書に『夢と睡眠の心理学』(風間書房)、『図解 心理学が見る見るわかる』(サンマーク出版)、『夢を読み解く心理学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学』(朝日出版社)など多数。
関心分野は、睡眠の改善から心の健康を高めること。小学生から90代まで1万人以上の夢を収集・分析しており、夢の専門家としてメディアにも多数出演している。