純二(弟) 30歳 遅咲きのスミレ
3月18日、純二は三宅山総合法律事務所にて、冴羽からの報告を聞いていた。
「お兄様側から私の預り金口座*3に2億5000万円が振り込まれてきました。純二さんにお返ししたいので、返金先口座を教えて下さい」
「その前に先生、俺、決めたことがあって。証人として聞いてくれますか? そしたらもうやるしかなくなると思うし」
「なんでしょう」冴羽は穏やかに先を促す。
「俺、勉強嫌いで高校しか出てないから、大学に行こうと思ってるんですよ。実はこの間から予備校にも通い始めてて。昔は大学行って勉強なんてダサいと思ってたけど、親のすねかじってるくせにそんな風につっぱってた俺が一番ダサかった。30過ぎて大学なんて浮くかもしれないけど、そこはラブアンドピースでなんとかしますよ。海外じゃいい年のおっさんが大学行くのも結構あるっていうじゃないですか。
もらった2億5000万は学費以外には使わないようにして、真面目に勉強して、できれば先生みたいになんかかっこいい資格取りたいんです。エリートなんてクソだと思ってたけど、今回冴羽先生や海原先生を見てたら、知識とか経験とかを武器にお互いをリスペクトし合いながら戦ってて、純粋にかっこいいと思ったから。これまで親の金でふらふらさせてもらってた分、心を入れ替えて真面目にやってくつもりなんです」
「バンド活動のほうはどうされるんですか?」
「よく覚えてますね。バンドはもう解散しました。スタジオとかライブ会場借りたり、CD出したりする金も全部親父が出してくれてて、だからこそ仲間もそれに乗っかってたっていうのが大きいから、まぁ金の切れ目が縁の切れ目ってやつですよ。そもそも全然売れてなかったんですけどね」
「それは残念です。『サウンズ・ライク・ヴァイオレット』、なかなか印象深いバンド名でしたが」
「先生嬉しいこと言ってくれますね」純二は思わず相好を崩す。
「実はバンド名は俺がつけたんです。なんでそんな名前にしたかっていうと、俺、スミレの花好きなんですよ。道端にひっそり咲いてるけど、タンポポとかと違ってガキくさくなくて、ちょっと大人な感じで。でも、やっぱりつい最近までバンドとかしてた俺がそう簡単に変われないかな。先生、俺、できるかなぁ…」
「今の純二さんならきっと、良い花を咲かせますよ」
冴羽が純二の目を真っ直ぐに見て、力強くうなずく。
「だいぶ遅咲きですけどね」
そう言って純二は、恥ずかしそうに笑った。春はもう、すぐそこまで来ていた。
― 完 ―
*3:依頼者に代わって弁護士が一時的に金銭を預かるための専用の預貯金口座のこと。別々に管理すべきであるため、弁護士の報酬口座とは別に開設される。
【次回予告】> 解説編でおさらい。第5回へ続く( 3月10日配信予定 )
依田 渓一
三宅坂総合法律事務所
パートナー弁護士
東京大学法学部・東京大学法科大学院卒。第二東京弁護士会所属。
相続・事業承継・不動産分野を中心業務とする。
モットーは、「相談してよかった」と思っていただけるよう、期待の先を行くきめ細かな対応と情熱で、依頼者の正当な権利行使に向けて全力を尽くすこと。