父が生前に書いていた遺言
しかし、父の死から3か月経っても、母や兄からはなんの連絡もなかった。貯金もいよいよ底をつき、たまりかねた純二は母に電話をかけ、相続の手続はどうなっているのかと遠慮がちに尋ねた。母は電話でも分かるほどにオロオロし、すべて秀一に任せているから大丈夫などと要領を得ないことを言っていた。
何かが変だと感じた矢先、地元の飲み友だちの不動産屋が、父が所有していた駐車場が売りに出されていると教えてくれた。
状況がよく分からず兄に説明を求めに行くと、純二は衝撃の事実を知らされた。なんと父は生前、全財産を兄に相続させるという遺言を書いていたというのだ。駐車場の売却代金は相続税に充てるという。
「父さんはお前のために1000万円の保険金を用意してくれた。他には何もない。お前はこれまでさんざん親に迷惑をかけてきたんだ。今回ばかりは父さんの遺言に従え」
純二は慌てて母に泣きついた。小さい頃はそうすればいつだって、「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」と兄をいさめてくれたから。しかし、母は純二の期待とは裏腹に、「お父さんの気持ちを分かってあげて」と苦しそうに言うだけだった。
そして、誰もいなくなった
金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものだ。
親から見放されたことを友だちに愚痴ると、そこから純二が文無しになったという噂が広まり、純二をちやほやしてきた遊び友だちは手のひらを返したように離れていった。これまで純二の金で、正確に言えば純二の親の金で、好き放題飲み食いしてきたというのに。
孤独な年末を過ごしていたある日のこと、純二の噂を聞きつけた件の不動産屋から連絡があった。
腕利きの弁護士を知っているから、相続のことで納得がいかないなら相談してみたらどうかというのだ。場所は霞が関にあるらしい。
正直なところ法律事務所なんて堅苦しい場所には行きたくなかったし、ましてや霞が関なんて聞いただけで蕁麻疹が出そうだが、孤立無援の純二にとって、不動産屋の親身なアドバイスは涙が出るほど嬉しかった。
なんとかアポイントも取り、こうして純二は、年明けに三宅山総合法律事務所の冴羽弁護士を訪ねてみることにしたのである。
【次回予告】> 弁護士から告げられた衝撃の事実とは…第2回へ続く( 3月7日配信 )
依田 渓一
三宅坂総合法律事務所
パートナー弁護士
東京大学法学部・東京大学法科大学院卒。第二東京弁護士会所属。
相続・事業承継・不動産分野を中心業務とする。
モットーは、「相談してよかった」と思っていただけるよう、期待の先を行くきめ細かな対応と情熱で、依頼者の正当な権利行使に向けて全力を尽くすこと。