誰かが銀行からお金を借りると市場にお金が増え、誰かが銀行にお金を返すと市場からお金が消える
たとえば私が銀行から1,000万円借りたら、その1,000万円はそのときまで世になかったお金だから、私が1,000万円をつくったことになる。新しく1,000万円が生まれたわけだ。その1,000万円で、私が何か買い物をして消費したとき、その1,000万円は市場経済に入る。これでお金が増えたことになる。逆に私が借りた1,000万円を銀行に返すと、その1,000万円は市場から消えることになる。
つまりお金を返すとお金が死ぬ。お金を借りるとお金が生まれる。お金をつくっているのは中央銀行ではなく、市中の銀行だ。そのために市中銀行は決められた金利で、事業者や一般市民にお金を貸して、経済を回している。
要は日銀はお金を生もうとしているのだが、借金があっても構わないではないか、と性格的に思えない多くの日本国民は、お金を殺している。
いままで日本でインフレが起きなかった背景には、こうした日本人の気質が横たわっているのだ。
こんな比喩はどうだろうか。米国人や米国企業は、少しでも水道の蛇口が緩めば、すぐに口を近づけてガブ飲みしようとする。対して日本人や日本企業はそうはせず、清潔な容器を持ってきて水を入れて、後で飲もうとするわけである。
リーマン・ショックで痛手を負った米国経済の救済任務の終了が引き金となった米インフレ
ただし、ずっと量的緩和を行ってきた米国も、これまでは大したインフレにはならなかった。それがここ1年で、かなりひどくなってきた要因がある。リーマン・ショック直後、米国の銀行は無価値の不動産担保証券を大量に抱えており、稼げる資産が本当に少なかった。
それを助けたのが米連邦準備制度理事会(以下、FRB)だった。FRBが、銀行が持つ不動産担保証券を額面価格で買い上げたのだ。そのプロセスが終わるまでは、米国でインフレは発生しなかった。ところが一連のFRBによる銀行救済プロセスがようやく終わり、銀行が貸し出し攻勢に出たことがインフレに拍車をかけているわけである。
日本の場合、民間銀行が米国の銀行のようなプロセスがなかったにもかかわらず、インフレがまったく発生しなかった。米国人にしてみれば、さぞかし不思議な国に思えたのではないか。そもそも論として、米国人の大半はお金を持っていない。日本人が個人資産を多く持っているのと真逆で、米国の一般人は債務だらけと言っていい。
さまざまなローンやクレジットカード支払いに縛られており、やはりこれは日米の国民性の違いに収斂する。日本ではベースマネーを増やし、もっと消費をするよう促したのだがなかなかうまく乗ってくれなかった。大半の日本人は貯金と借金返済に回すほうを選んだ。ただし、給料は上がらなかった。
日本でなぜいまになってインフレの動きが出てきたのだろうか?
一つには日本人のメンタリティが少し変わってきたこともあるだろう。もう一つ考えられるのは、いまのインフレにはコロナ禍における供給面の問題が大きいので、それが影響している可能性が高い。
生活必需品の値上げの季節の到来
国内物価に関しては、ご存じのとおり、すでに値上げラッシュが始まっている。
企業間取引(BtoB)では、砂糖3%、(3回目)、紙15%、セメント18%、ゴム10%、建材10~15%の値上げ。消費者向け(BtoC)では、食品のパン7~9%、ポテトチップス6~11%、カップ麺10%、練りもの8%の値上げとなった。
要因としては、石炭・石油などの原材料高、物流・輸送コスト高が挙げられよう。値上げで企業の業績が良くなることはない。なぜなら企業側は、これまではコスト高を無理に吸収して価格転嫁せずにいたのだが、もうその我慢も限界に達しての値上げだからである。全体的には価格を上げたことによって、その企業の売上が減るかどうかがポイントだと思う。
なぜならば日本の場合、給料が上がらないからだ。「民間企業の給料を上げろ」と政府が企業に促しているが、自分の国が民主国家であることを忘れているのではないか。私は、政府が公務員の給料を上げればいいと考えている。それがベースとなって、民間企業も賃上げを促されるようになるからだ。人材の確保の競争原理が働いて、間違いなく民間企業は公務員の賃上げレベルに合わせて賃上げをするだろう。
エミン・ユルマズ
複眼経済塾取締役・塾頭
著者画像撮影 Rikimaru Hotta