病気になっても夫婦ゲンカはやめられない
行動範囲が広がると、話したいことも増える。言葉はまだスムーズには出ないけれど、オットの「どうにかして伝えたい」という意欲はどんどん強くなっていった。
ピッタリの言葉がなかなか見つからないときは、周辺情報で説明する「迂言」が活躍する。
退院してしばらくは、お風呂に入るとき「あったかいところに行ってきます」と、なんだかうらやましくなることを言っていた。アボカドは「僕が好きなおいしいの」、トランクスは「きんたまの周りのやつ」、オットの「迂言」はときに家族を脱力させる。
おかげさまで私の仕事は順調で、日中は取材、夜は家で原稿書き。フリーランスなので、土日も祝日も関係ない。
締め切りに追われているときに、オットが「これ、何て言うんだっけ?」と話しかけてくると、正直、少し面倒くさい。
ヘルプマークと身体障害者手帳を持って出かけていくと、心配するより、これで集中して仕事ができるとホッとしていた。
オットは言葉の障害のほかに、脳出血の後遺症で疲れやすくもなっている。だから、ご機嫌で外出しても、帰ってくるとぐったりして寝てしまう。
むむむむむ。こっちは一日じゅう仕事してるのに、キミは遊びに行ってたのに、これから私が掃除して、買い物に行って、ごはん作って、お風呂洗って、洗濯物をたたむのかい。それはちょっと、不公平なんじゃないかい。
病気をする前だったら、確実にキレるとこ。ですが、病気をしてからは、あまり腹が立たなくなった。まだできないから、しかたないよね。黙って仕事を一段落させ、淡々と家事をこなしながら、夫婦ゲンカの原因は「相手に期待すること」と知りました。
とはいえ、まったくケンカしなくなったわけではない。一緒に暮らしていれば、お互いに不満も出る。言い争いになると、オットは圧倒的に不利だ。失語症は、あせるとよけいに言葉が出なくなるのだ。
私「もう、何言ってるかわからないよ、ちゃんとしゃべれ!」オット「しゃべれないんだよ! くそ『ぼうし』だったら言えるのに」(ケンカ終了)