(※画像はイメージです/PIXTA)

ある日突然脳出血の後遺症で47歳の夫が失語症になったら、あなたはどうしますか──? 夫が失語症になったことをきっかけに、言語リハビリの専門家である言語聴覚士の資格を取得した米谷瑞恵氏が、発症から最初の2年半を夫婦がどう過ごしてきたのかをお話しします。本連載では、米谷瑞恵氏の著書『こう見えて失語症です』(主婦の友社刊)を一部抜粋してお届けします。

漢字も仮名も、1文字も書けない

この頃のオットの「読む力」は短文で80%、「書く力」は単語で0%。漢字も仮名も1文字も書けない。まるで脳の中の「文字」がマッサラになったようだった。

 

パソコンを操作しているとき、うっかり文章を削除してしまうことがある。どうにか復活しないか、あちこちクリックしてみるけれど、どこを探しても「文字」が見つからない。鉛筆を手に途方にくれているオットは、そんなときの私に似ていた。こうなったら、じたばたしてもしかたない。気をとり直して、一から書き直すしかないのだ。

 

オットの「書く」練習は、そんなふうに始まった。

 

まずは自分の名前から。言語聴覚士のお手本を見ながら、マネして書く。文字を思い出せないので、図形を模写するのと同じだ。線がカクカクして、書き順も適当。この練習を何日も繰り返しているうち、やっと自分の名前だと気づいたのだろう。文字も思い出したらしく、書き順が正しくなった。線もなめらかになり、病気をする前のクセの強い字に戻っていった。

 

言語聴覚士のリハビリでは、毎日、宿題が出た。私が病院に行くと、オットは病室や食堂でプリント課題をしている。絵を見て名前を書く練習だ。「犬」「いぬ」「イヌ」。プリントを指さして「3つあるから難しいんだよ」と訴える。漢字、ひらがな、カタカナ、覚えることがたくさんあって大変だと。そうだねえ。

 

特にひらがなとカタカナは、マネして書くのも難しいようだった。どうやら文字というよりも、模様のように見えるらしい。ひらがなもハングル文字もアラビア文字も、オットにとっては同列なのだ。

 

その代わり、漢字は理解できることが多かった。声に出して読んだり、書いたりするのは難しいけれど、意味はわかることがあるらしい。雑誌をながめて、知ってる人の名前や土地の名前が出てくると、おお! と反応する。誰かのことを言おうとして言葉にできないとき、漢字で書いてある名前を指さして「この人」と伝えることもあった。

 

漢字は文字に意味があるから、パッと見て理解しやすいのだ。私が中国語の看板を見たとき、なんとなく意味がわかるのと同じだね。

 

漢字、ひらがな、カタカナ、3つあってよかったね。

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こう見えて失語症です

こう見えて失語症です

米谷 瑞恵

主婦の友社

ある日突然脳出血の後遺症で47歳の夫が失語症になったら、あなたはどうしますか?  そもそも失語症って何? 家族はどうすればいいの? 退院後の生活はどう変わる? コミュニケ―ションはどうすればいい? 仕事に戻れるの?…

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