苦痛で退職者続出…「非人間的」な労働環境。フォード社の強烈なマネジメント法とは【歴史のプロが解説】

苦痛で退職者続出…「非人間的」な労働環境。フォード社の強烈なマネジメント法とは【歴史のプロが解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

「働き方改革」という言葉も浸透しつつあるなかで、私たちの「働き方」は今後どのように変わっていくのでしょうか。世界史の面白いネタを収集するブログやYouTubeチャンネルを運営し、歴史ライターとして活動する尾登雄平氏が、著書『激動のビジネストレンドを俯瞰する 「働き方改革」の人類史』から、世界各国が歩んできた労働の歴史と、日本における働き方の未来について解説します。

 

「組織は非常に専門化されて、一つの部署はほかの部署と関連しているので、従業員が独自の方法で何かをやることを一瞬たりとも許さない」

 

このフォードの発言からもわかるように、目標生産台数の達成のため、徹底的な規律が求められました。労働者の工夫などは必要なく、会社が決めたことを疑いなく確実に実行しなくてはならない。

 

フォード社では、機械のように働かなくてはいけない苦痛の代わりに、当時としては法外な日給が支払われました。フォードは給与が良ければいかに労働が苦痛でも労働者は満足すると考えました。今では決められた通りにしか動けない労働者の価値は低いとされますが、当時はそんなことができる労働者自体が貴重で、価値が高かったのかもしれません。

 

労働者は自分を殺して単調な仕事に従事することになり、苦痛に耐えられず退職する社員が続出しました。高給に魅力を感じ入社する人もいた一方、フォード社は常に採用活動を行わなくてはなりませんでした。

 

フォードは生産システムを完成させれば、あとは機械のように自動的に会社が機能し、繁栄に導かれると考えていました。実際にフォードは、同一車種を大量に生産し低価格化することで成功します。しかし、1920年代に同業他社がより高品質で安価な製品を売り出し始めると、すぐにフォード社は苦境に陥りました。

テーラーやフォードに「欠けていた視点」

テーラーやフォードの手法は世界中の経営者に大きな影響を与えたものの、会社を「組織」で動かすという視点が欠けていた。同時代のマネジメントの理論家や実務家たちはそう考えました。

 

カリスマ経営者による独裁的な組織は柔軟性を欠き、指揮官が衰えたり市場が複雑になったりすると対応できなくなる。会社という「機械」を効率的に動かすためには、上意下達の官僚的な階層組織が必要なのではないか。

最も成功したGM(ゼネラルモーターズ)の例

そうしてアメリカの大企業は最適な組織づくりに邁進したわけですが、最も成功を収めたのはGM(ゼネラルモーターズ)です。1923年にGMの社長となったアルフレッド・プリチャード・スローン・ジュニアは、フォードと自動車市場を争う大企業となった自社を管理するため、新たな組織形態を作り上げました。それは会社を5つの自動車部門と3つの部品部門に編成し、それぞれの部門に価格決定と生産種類決定の権限を与えるというものです。

 

こうしてビュイックやキャデラックといったブランドが誕生。組織が小規模になったことで意思決定がスピーディーになり、部門長は自部門の売り上げアップと製品改良に集中し、GM本社は戦略的問題に集中できるようになりました。顧客はGMの革新的な車種ラインアップを歓迎し、1927年、GMの生産台数はフォードを抜いて業界1位になりました。

 

GMの分権化は1920年代から1940年代までうまく機能したものの、官僚的な縦割り組織はやがて機能不全を起こします。部門長は成功にあぐらをかいて過去のやり方に固執し、新しい技術の導入やニーズの汲み取りを怠るようになっていきました。そして、1970年代からGMは業績が低迷するようになっていきます。いかに優れた生産システムや組織を作っても、それを動かすのが「人間」である以上、設計者が考えたように完璧には動かないわけです。

 

激動のビジネストレンドを俯瞰する 「働き方改革」の人類史

激動のビジネストレンドを俯瞰する 「働き方改革」の人類史

尾登 雄平

イースト・プレス

・なぜ、日本型組織は「時代遅れ」になったのか? ・なぜ、ビジネスパーソンに「自己啓発」が求められるのか? ・「イノベーション」は労苦を軽減するのか? 古今東西の歴史知識を収集する著者が、 いちビジネスパーソン…

人気記事ランキング

  • デイリー
  • 週間
  • 月間

メルマガ会員登録者の
ご案内

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

メルマガ登録