父の思いを形にした遺言書
「でしたら、お父さんの言うとおりの遺言書を作ってしまいましょう」
私はそう提案しました。
「でも先生!」
驚く真由美さんと、困った表情を浮かべるお父さんに私は説明しました。
遺言の強制力は絶対ではありません。相続人が相続を放棄することもできますし、相続人全員が遺言の内容と異なる遺産分割を望んでいる場合には、相続人全員での合意により、遺言と異なる内容で遺産の分割をすることも可能なのです。
例えば、遺言書に一人の人に相続させると記載されていても、その人が、すべての相続人で均等割にしたいと主張し、相続人全員の同意があれば、それが可能になるのです。
「それじゃあ、私が相続したものをお姉ちゃんと分けることもできるんですか?」
「そういうことです」
一旦相続をした後に改めて分けると贈与税がかかりますが、相続の段階で分けるのであれば、その心配もありません。さらに私は、お父さんに遺言書と一緒に長女への手紙を残すことも提案しました。どうしてそのような遺言を残したのか、その思いを綴ることで、お父さんの意地を示すことができると思ったからです。
その手紙をあらかじめお姉さんに見せておくことで、お姉さんに遺言書の内容を納得しておいてもらうこともできます。
「私、お姉ちゃんと分割するけど、それでいいよね?」
詰め寄るように言われ、お父さんは真由美さんから視線を逸らしました。
「お前にやったもんを、お前がどうしようと俺の知ったことじゃねえよ。それに、そりゃあ俺が死んだあとの話だろ? 嫌とも言えねえじゃねえか」
言葉とは裏腹に、ほっとしたような表情を浮かべたお父さんでした。その後、お父さんに自筆証書遺言を作成してもらい、お姉さん宛の手紙も用意しました。遺言執行者として、すべての事情を知る私を指定してもらうことで、みんなの思いと違う形になることを防いだ上で、遺言書を法務局に保管したのです。
「先生、俺の気持ちまで形にしてくれて、ありがとな。いろいろうまくまとめてくれて助かったよ」
お父さんは私の手を強く握り、何度も何度も頭を下げてくれました。その後、お父さんと二人の姉妹は、これまで同様、何事もなかったように仲良く過ごしているそうです。
株式会社サステナブルスタイル
後藤 光