「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉に注目が集まっていますが、「DX」と「デジタル化」との違いを理解できている人は多くはありません。
「DX」と「デジタル化」はどちらもデジタル技術に関する言葉ですが、実はまったく違うものです。
両者の違いを理解しないままDXを進めていくと、DXが失敗してしまう可能性もあります。この記事では、2つを比較しながら違いや関係性、DX成功のポイントを解説します。
1. 混同しやすい「デジタル化」と「DX」の違い
1.1. 両者には「目的」と「ゴール」に大きな違いがある
DXとデジタル化は、デジタル技術を活用して何を目指すのかがまったく異なります。
目的 |
ゴール |
|
デジタル化 |
業務効率化 |
生産性向上 |
DX |
企業競争力の向上 |
企業の強化 |
デジタル化が「業務」の変化だとしたら、DXは「企業のあり方」の変化といえます。
1.1.1. デジタル化|目的は業務効率化・ゴールは生産性の向上
デジタル化は業務を効率化し、生産性を向上させることを目指して行われるものです。
たとえば紙の領収書を担当者が1枚ずつ電卓で集計し、精算額を毎月紙に書いて記録していたとします。この作業を「表計算ソフトに入力」「データファイルで保管」とすれば、計算ミスも減り作業時間の短縮になります。
また金額の手動入力をスマートフォンのカメラでの撮影に置き換えたり、そもそも領収書ではなくカード等による精算をしたりすれば、さらに業務効率は上がるでしょう。
1.1.2. DX|目的は企業競争力の向上・ゴールは企業を強化すること
経済産業省では、DXを以下のように定義しています。
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること
つまり業務のデジタル化だけではなく「デジタル技術を活用してビジネスモデルを変革すること」、それによって「企業の優位性を確立すること」がDXです。
2000年代に急速に発達したインターネットは、それまでの生活やビジネスのあり方を一変させました。GAFAに代表されるように、ITの巨大企業が海外で誕生しています。
しかし日本は旧来の商慣習やシステムからの脱却が遅れ、成長の停滞、企業競争力の低下が叫ばれています。
そんな現状を変えるべく、経済産業省が打ち出したのが「DX推進」です。デジタル技術を活用するだけでなく、それによって企業が社会の変化のなかで生き残ることが求められています。
たとえばCD販売を行っていた事業者がストリーミング配信サービスへ移行することも、DXの1つの例といえます。
1.2. デジタル化はスタート、DXはデジタル化の先にあるもの
DXを達成するためには、まず保有している情報をデータとしてとりまとめることが必要不可欠です。
そしてデータをとりまとめ分析することは、紙では到底できません。そのため情報や業務を「デジタル化」する必要があります。
デジタル化は、DXを実現するためのスタートラインといえます。
2. DX実現に必要な「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」
デジタル化には「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」の2つがあります。
2.1. データのデジタル化「デジタイゼーション」
情報をデジタルデータに落とし込むのが「デジタイゼーション(digitization)」です。
「デジタル化」とほぼ同義と定義されており、英単語としての和訳も「デジタル化」です。
2.2. 業務プロセスのデジタル化「デジタライゼーション」
デジタライゼーション(digitalization)は、辞書では以下のように定義されています。
《「デジタリゼーション」とも》デジタル化。デジタイゼーションとほぼ同義だが、特に、情報・技術などのデジタル化が進み、新しいネットワーク社会が形成される過程についていう。デジタル革命と訳されることもある。
引用元:goo辞書
デジタライゼーションのほうがデジタイゼーションよりも影響する範囲が大きく、業務のプロセスが変わるイメージです。
たとえば契約書のPDF化やデータ化が「デジタイゼーション」だとすれば、契約書の「やりとり」自体を紙からデジタル(電子契約書サービスなど)へ移行するのが「デジタライゼーション」です。
2.3. デジタル化を活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)
デジタイゼーションやデジタライゼーションが「業務のデジタル化」であったのに対し、DXは「デジタル技術の活用によるビジネスモデルの変容」です。
既存の業務や業務プロセスをデジタルに移行するだけではなく、デジタル技術を用いた新しいサービスの創出が求められます。
3. わかりやすい「デジタル化とDXの違い」の例
デジタル化とDXの違いをイメージしやすい具体例で示すと以下の通りです。
デジタル化 |
紙で保管されていた契約書をPDFなどにしてデータ化したり、 表計算ソフトに企業名などを入力して一覧にしたりする |
DX |
契約内容のデータベース化と分析により顧客の潜在的ニーズを把握し、 新しいサービスやプランを創出、提案する |
キーとなるのは「新たな価値を生み出す」という点です。デジタル化は業務の効率アップにはなりますが、それだけではDXとは呼べません。
4. デジタル化とDXを混同したままDX推進をするリスク
目的もゴールも異なるデジタル化とDXを混同していると、DXの実現ができないばかりでなくマイナスの影響も出かねません。
4.1. デジタル化の完了で改革が終わる
ペーパーレス化など情報のデジタル化を行うと、業務効率は上がるかもしれません。しかしながら、これはあくまで「従来の業務」のやり方を変えただけです。
DXとデジタル化を混同していると、デジタル化の完了を「DX完了」と勘違いしてしまう危険があります。そうなるとDX本来のゴールである「企業価値の向上」に到達する前に改革が終わってしまいます。
4.2. 社内横断的な改革にならない
デジタル化は業務効率化であるため、専門性が高い業務ほど1部門だけの改革にとどまってしまいがちです。
1つの部門で業務のデジタル化を行っても、それはあくまで1部門での業務効率化にすぎません。
また、マイナスの影響として、懸念されるのが他部門での追加業務です。ある部門の情報がデジタルデータに移行したために、他の部門でデータ作成のための追加業務が発生するなどということになっては、本末転倒です。
4.3. 人材獲得の方向性を間違える
デジタル技術に強いからといって、ITエンジニアを採用しただけではDXは成り立ちません。なぜなら、DXは会社全体に影響するものだからです。
デジタル技術の専門家はもちろん、マーケティングや法務、企画、デザイナーなど、ビジネスに必要なそれぞれの分野の専門家が必要です。
5. 適切なデジタル化をふまえたDX推進がもたらす4つのメリット
デジタル化とDXの違いを理解し適切にDXを進めていくことで、さまざまなメリットが得られます。
5.1. デジタル化による業務効率化が図れる
アナログ管理だったものをデジタル化することで、業務を効率化することができます。
デジタル化によって単に入力や管理の手間が減るだけでなく、デジタル化する過程で業務のルールを整理したり無駄な作業を洗い出せたりする効果もあります。
ミスの防止や残業の削減など社員のストレスを軽減するだけでなく、業務の属人化を防ぐことにもつながるでしょう。
5.2. 人的リソースが確保され働きやすくなる
デジタル化の進展で業務の効率化が進むと、少ない人員でも業務を完了できるようになります。
また一般的になりつつあるテレワークでは、導入そのものはもちろん、情報共有の観点からもデジタル化は必須です。
テレワークや在宅勤務といった働き方の選択肢が増えれば、より優秀な人材確保にも有利になるでしょう。
5.3. 企業競争力の向上が見込める
DXが進むと、それまで活用されていなかったデータから顧客の新しいニーズを発見したり、自社の弱みや強みの分析ができたりします。
これらの分析は、経営判断を迅速に行う手助けとなります。社会の動きにマッチした戦略を立てやすくなるため、企業全体の競争力向上につながります。
5.4. BCP対策が強化できる
BCPとは「事業継続計画(Business Continuity Planning)」のことで、災害時にも事業を継続、もしくは迅速に復旧させるための計画です。
金融や配送など社会インフラの業界では一般的でしたが、近年災害の被害が甚大化しており、それ以外の事業者や中小企業でも備えの重要性は増しています。
BCPだけを単独で行おうとすると、通常時との違いが大きく非現実的な計画になりがちです。しかしDXの過程でデータのクラウド化やリモートワークが根付いていれば、災害時の対応計画も立てやすくなるでしょう。
6. DX実現に向けたデジタル化の具体例
DXの成功例として華々しいデジタルサービスが宣伝されがちですが、取り組みやすい事例もあります。
6.1. ワークフローシステム
ワークフローシステムとは、一連の業務の起点から最終的なデータ保管まで1つのシステムで管理できるシステムです。
たとえば社内の決裁フローをワークフローシステムに移行すれば、起案から決裁、決裁後の手続き(発注など)までを電子化して一気通貫で行うことが可能になります。
業務のスピード向上はもちろん、手続き漏れなどヒューマンエラーの早期発見および防止や、必要な決裁がきちんとされているかといった内部統制の強化にもつながるでしょう。
6.2. 電子契約・電子請求書
ペーパーレス化の流れで広がりを見せているのが、電子契約や電子請求書のサービスです。
紙を使ったやり取りではどうしても時間のロスが発生し、場合によっては失注につながることもあります。また書類を紛失してしまうリスクも避けられません。
電子契約や電子請求書では、いつでもどこでもアクセスできるため、スピーディーな手続きが可能になります。また契約書や請求書がデータベース化されるので、過去の資料を探すときも手間がかかりません。
6.3. クラウドサービス活用
クラウドサービスはオンライン上にデータを保管するサービスです。実はそれほど新しいものではなく、メールやチャットツールもクラウドサービスの1つです。
仕事で利用する資料をデータ化してクラウドに保存するようにすると、取引先や自宅など遠隔地での業務の際にもすぐに資料を利用することができます。
また、見て欲しい資料をURLで共有できるので、無駄に資料のコピーが増えることもありません。「クラウドにあるものを最新とする」というルールを徹底すれば、誰が最新の情報を持っているのかわからない、という問題も解消できます。
6.4. 一元管理システム
一元管理とは、複数の部門にまたがる情報を1つに集約し、1つの決まったルールのもとで管理することです。
「一括管理」と似ていますが、一括管理はあくまで1つの部門や1担当者の持つ情報を集約しただけであり、部門や担当者ごとに管理ルールが統一されていない状態です。
複数部門の情報を一元管理することで、情報の検索や利用が容易になり部門を超えた活用が可能になります。またプロジェクトや組織全体にまたがる問題について、広い視野で解決策を見つける手助けにもなります。
6.5. RPA
RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション/Robotic Process Automation)とは、ロボットを使って業務を自動化することです。
RPAを使うことで従業員がコア業務に集中することが可能になります。うっかりミスなどヒューマンエラーもなくなるので、より正確な情報が保存できるようになります。
また曖昧なルールや属人化したルールを整理することもでき、情報を検索するときにも利用しやすいデータベースを作成することができます。
7. DXを進めるために重要なポイント
DXを完全に完了させるためには、時間も費用もかかります。無計画に始めると途中で頓挫してしまうので、ポイントを押さえて進めるようにしましょう。
7.1. 自社で推進する目的を明確に持つ
危機感を持つことはよいことですが、ただ「DXを推進しないと生き残れないから始めよう」というのみでは成功しません。
DXは目的ではなく、企業価値を向上させるための手段に過ぎません。他社でうまく活用できているツールや方法を取り入れたからといって、自社でも成功するとは限らないのです。
自社でDXを推進することで何を目指すのか、なぜDXの推進が必要なのかを、一般論ではなく自社の環境や状況に落とし込んで考えましょう。
7.2. スモールスタートで効果検証をしながら進める
いきなり大掛かりなシステムの入れ替えや紙の業務の完全廃止を行うと、変化が大き過ぎて従業員の負担が大きくなってしまいます。
また、新たなツール等を使うなかで課題が発生しても、解決のために複数の部門で調整が必要になり、結局使いにくいままになる危険もあります。
新しいルールやツールを取り入れる際は、まずは1つの部門や1つの業務で試しに使ってみて、効果検証や課題の改善を行いながら他の部門へ徐々に広げていくようにしましょう。
場合によっては別のツールに切り替えたり、導入を見送ったりすることも重要です。
7.3. DX人材の育成や獲得に努める
DXを推進しようと決めても、社内に適した人材がいるとは限りません。既存社員のなかからDX人材を育て上げたり、社外からの新規採用をしたりする必要があります。
ただしDXだからといって、ただデジタルに強い人がいればよいわけではありません。
DX推進の実務機関であるIPAは、DXに必要な人材として以下の例を挙げています。
プロデューサー |
DXやデジタルビジネスの実現を主導するリーダー格の人材(CDO含む) |
ビジネスデザイナー |
DXやデジタルビジネスの企画・立案・推進等を担う人材 |
アーキテクト |
DXやデジタルビジネスに関するシステムを設計できる人材 |
データサイエンティスト AIエンジニア |
DXに関するデジタル技術(AI・IoT等)やデータ解析に精通した人材 |
UXデザイナー |
DXやデジタルビジネスに関するシステムのユーザー向けデザインを担当する人材 |
エンジニア プログラマ |
上記以外にデジタルシステムの実装やインフラ構築等を担う人材 |
出典:デジタル・トランスフォーメーション推進人材の機能と役割のあり方に関する調査
このすべての人材がそろっていることは必須ではありませんが、DXが全社に及ぶものであることを考えるとDXを統括する権限と責任をもつポジションは必要でしょう。
実際に、社内にDX専門の組織を設置している企業ほどDXでの成果が高いという調査結果もあります。
また新しいサービスやビジネスモデルを作るのであれば、上記以外に法務やセールス、マーケティングなど、サービスの運営に専門家として関われる人材も必要です。
7.4. 組織一丸となるべく情報の共有を行う
DXは従業員の意識や取り組みが成否を分けます。経営者や1部門だけが頑張っても意味はありません。組織一丸となるために、以下の情報を共有する必要があります。
- なぜDXを推進するのか
- 今どのくらい進んでいるのか
- 従業員にどのようなメリットがあるのか
特に「従業員にどのようなメリットがあるのか」が明らかでないと、なかなかモチベーションにはつながりません。
そもそも業務を変化させること自体、現場にとってはストレスの大きいものです。経営層が意識的に情報発信を行い、従業員の理解を深めることが重要です。
まとめ
DXとデジタル化について違いを解説しました。まとめると以下の通りです。
- DXの目的は企業競争力の向上、デジタル化の目的は業務効率化
- DXのゴールは企業の強化、デジタル化のゴールは生産性向上
- DXとデジタル化を区別しないとDXは成功しない
- 適切なデジタル化を踏まえてDXを推進するとメリットは多い
デジタル化の先にDXがあるということです。まずは個別の業務をデジタル化して、データで管理することに慣れていき、DXへの道筋をつけやすくする必要があります。