DXの推進について、日本企業は将来的に大きな課題を抱えているとされています。そこで、国はDX推進ガイドラインを作成して、企業の経営者に向けた指針を発表しました。このガイドラインにおいて、企業がDX推進に関する課題解決のためにどんな点を意識すべきかが示されています。そこで、本記事ではDX推進ガイドラインの要点と押さえるべきポイントをまとめました。
1. DX推進ガイドラインの概要と作成の背景とは
DX推進ガイドラインにはどのような内容が含まれているのか、また作成された背景はなにか、詳しく解説します。
1.1. DX推進ガイドラインは2018年に経済産業省が企業に向けて公表したもの
2018年に経済産業省は企業向けに「DX推進ガイドライン」を発表しました。
DX推進ガイドラインは、DX推進のための経営戦略や仕組みの説明と、実際に施策を実施する基盤となるシステム構築の2つのテーマから構成されています。
企業が将来のリスクに備えたITシステムの構築に取り組むにあたって理解しておくべき事項を明確化しています。実際にDXへの取り組みを管理するうえで役立つ内容を含んでおり、企業が参照して活用することを想定した資料です。
1.2. 作成の背景にある「2025年の崖」
ガイドライン作成の背景に「2025年の崖」の問題があります。国内の企業が現状のITシステムの問題を解決できず、DXをうまく推進できなかった場合は、2025年から毎年最大12兆円もの経済損失が生じると危惧されているのです。そこで、経済産業省はDX推進を促す目的でガイドラインを作成し発表しました。
また、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)もDX実現に役立つ情報をまとめた資料を作成しています。たとえば、IPAは「DX実現に向けた取り組み」というドキュメントを2020年6月に公表し、DX推進における技術的課題やそれに関する対応策などを示しました。
2. DX推進ガイドラインは大きな2つのテーマから構成されている
DX推進ガイドラインは以下の2つのテーマから構成されています。
- (1)DX推進のための経営のあり方、仕組み
- (2)DXを実現するうえで基盤となるITシステムの構築
まず、経営のあり方や仕組みなど取り組みの基盤となる情報を提供しています。次に具体的な仕組みづくりに関する説明、実行プロセスなどを説明しているのです。
ガイドラインを読み進めれば、企業として社内のデジタル変革に取り組む際に必要な情報を得られます。
3. テーマ1|経営のあり方、仕組み
DX推進ガイドラインのテーマの1つ目は「経営のあり方、仕組み」です。このテーマでは以下の5つの点が詳しく解説されています。
- 「経営戦略・ビジョンの提示」
- 「経営トップのコミットメント」
- 「DX推進のための体制整備」
- 「投資等の意思決定のあり方」
- 「DXにより実現すべきもの」
3.1.「経営戦略・ビジョンの提示」の要点
DX推進においては、明確な経営戦略を立て、ビジョンを提示することが求められます。
確かな戦略やビジョンがないまま施策を実行しても効果が出ません。具体的にどの事業分野でどんな価値を創出するのか、どのようなビジネスモデルを構築するのかを明らかにします。
たとえば、デジタル技術を活かした新しいビジネスモデルの創出といった目標を定めるのです。そして、目標を達成するための具体的な戦略を組み立てます。
3.2.「経営トップのコミットメント」の要点
DXは会社のビジネスモデルそのものの変革を目指すため、経営トップが中心となって取り組むことが重要です。
経営トップには、新たな業務や挑戦に対する従業員の抱える不安や抵抗感をなくすことが求められます。経営者がリーダーシップを発揮して、全社が一丸となり取り組める体制を整える必要があり、そのために経営トップのコミットメントが重要になるのです。
3.3.「DX推進のための体制整備」の要点
DXを推進しやすくするための体制整備も重要なポイントです。DXの実現に積極的に挑戦できるマインドセットが熟成されるような体制づくりが必要になります。
そのため、DXの推進に中心的に取り組む専門部署を設置して、各部門でのDXの取り組みをサポートしつつ、各メンバーが自ら活動できるような役割と権限を与えることが大切です。
実際に現場でDXの推進を担っていく人材を確保して、リスキリングなどによりデジタル・リテラシーの高いDX人材を育成することも求められます。体制の整備をきちんと行えれば、自社のデジタル戦略をスムーズに進められます。
3.4.「投資等の意思決定のあり方」の要点
DXを推進していくために必要な予算や投資の意思決定のあり方は重要です。適切に投資判断を行い、予算配分することが求められます。そのために以下の3つの点を考慮することが大切です。
- コストだけではなくビジネスへのインパクトを考慮して判断しているか
- リターンや確実性のみを求めすぎて挑戦が阻害されていないか
- DXに投資しないことによるリスクを認識しているか
DX推進のための予算を確保し、これらの3つのポイントを押さえたうえで経営戦略をふまえた意思決定をすれば、DXの取り組みを継続的に行えるようになります。
3.5.「DXにより実現すべきもの」の要点
DXを推進する目的はデジタル技術の活用でビジネスモデルを変革して、マーケットでの競争優位性を高めることです。最終的には周辺環境の変化へのスピーディーな対応力が実現できているかが重要になります。
企業が抱える課題に対してスピーディーに対応できる組織をつくることがDX推進の目的です。自社の強みと弱みを明確に把握し、その強化や改善のためにどのようにITシステムを活用すべきか理解したうえで、DX推進に取り組む必要があります。
4. テーマ2|ITシステムの構築(1)体制・仕組み
DX推進ガイドラインに含まれる2つ目のテーマが「ITシステムの構築」です。そのなかでは、ITシステム構築のための体制・仕組みづくりが説明されています。具体的にどんなITシステムの構築に取り組むべきか紹介します。
4.1.「全社的なITシステムの構築のための体制」の要点
「全社的なITシステムの構築のための体制」とは組織横断的にデータの活用ができる環境を整えることです。ITシステムの構築に対応できる人材を確保することも含みます。
具体的な施策の事例は以下の通りです。
- 情報システム部門をつくる
- ITシステムの保守管理ができる部署・人材を用意する
- 社外の専門家と連携して、ITシステムの構築やデータの活用を行う
レガシーシステム(過去の技術で構築されたシステム)の改善や先進技術導入に向けた体制整備や、戦略を実施するための部門ごとの役割分担など、それぞれの組織に適した形で仕組みづくりを進めることが大切です。
4.2.「全社的なITシステムの構築に向けたガバナンス」の要点
全社的なITシステムの構築を問題なく進めるためのガバナンス(IT活用を規律する組織能力)を確立することは重要です。
ITシステムが企業の個別部門ごとに統一感がないまま構築・運用されることのないよう、事業の戦略性とITシステムの整合性を図っていくことで、既存システムと新たなシステムとが上手く連携できて、システム導入後の複雑化やブラックボックス化を避けられる効果を得られます。
また、サイバーセキュリティを経営上の重要課題のひとつとして認識し、自社のリスクがどの程度であるのか現状把握をしたうえで、サイバーセキュリティ対応への予算・人材・社内体制を確保していくことが必要です。
4.3.「事業部門のオーナーシップと要件定義能力」の要点
新たなITシステムを導入して運用する際に、各事業部門がオーナーシップを持ち、DX推進で実現したい事業や業務を明確にすることが重要です。
ITシステム構築をベンダー企業や自社のシステム部門だけに丸投げするのではなく、経営トップと各事業部門とが連携を密にし、各事業部門がシステム構築に対して主導権を握ることが重要になります。
事業部門がどんなITシステムを導入すべきかオーナーシップを発揮して自律的に要件定義できることが大事です。そうすれば、事業部門に適したITシステムの導入につながります。
5. テーマ2|ITシステムの構築(2)実行プロセス
DX推進のためのITシステムの構築において実行プロセスを進めることは大切です。実行プロセスにおいて以下の3点が重要になります。
- 「IT資産の分析・評価」
- 「IT資産の仕訳とプランニング」
- 「刷新後のITシステム」
上記3つのポイントの要点を説明します。
5.1.「IT資産の分析・評価」の要点
「IT資産の分析・評価」とはIT資産(社内にあるITシステムやソフトウェア)の現状を正確に把握することです。
各部署に導入されているITシステムやソフトウェアの活用状況を把握して、自社の事業戦略にとって必要なものかどうか具体的に検討できる状態にすることは大切です。たとえば、長く使われていないIT資産を廃止することはDX推進につながります。
5.2.「IT資産の仕訳とプランニング」の要点
「IT資産の仕訳とプランニング」とはIT資産の仕分けを行い、ビジネスモデルの変革に向けてプランニングすることです。
機能ごとに4つの象限で評価することが推奨されています。
「①機能分割・刷新」、「②機能追加」、「③機能縮小・廃棄」、「④現状維持」の4つに仕分けを行い、①はクラウド上で再構築、②はクラウド上で機能追加、③は不要なシステムを廃棄するなどの対応を行います。
これにより、重要なシステムに集中的に予算が配分できるようになり、投資の最適化を図れるのです。
他社との差別化に関係のない領域で標準パッケージなどを活用しているかも重視されます。また、メンテナンス費用が肥大化したシステム(レガシーシステム)を低減することも重要です。
5.3.「刷新後のITシステム」の要点
新規のシステムが期待される性能を発揮できているか確認することは大事です。以下のポイントを確認します。
- ビジネスにプラスの効果をもたらすシステムとなっているか
- 環境変化に素早く対応できビジネスモデルの変革を実現できるものか
刷新後のITシステムが事業戦略に沿った形できちんと機能していれば、DXは上手く進んでいるといえます。
6. DX推進ガイドラインに取り組む際の4つのポイント
DX推進ガイドラインでは以下の4つのポイントをおさえることが大切です。
- 経営陣から意識を変革する必要がある
- ITシステムの新規導入の前にレガシーシステムの縮小に取り組む
- 「仮説を立て実行し検証する」ためのプロセスの確立が必要である
- 活用できるITシステム導入のために現場担当者の意見を取り入れる
それぞれのポイントについて詳しく解説します。
6.1. 経営陣から意識を変革する必要がある
DX推進は明確にビジョンを定めて全社的に行う必要があります。そのためには経営陣が先頭に立ってDX推進に取り組み、明確なビジョンを立てて、戦略的に進めていくことが重要になります。
なぜDX推進が必要なのか、DXを推進しないとどんなリスクがあるのか、経営陣が理解するところから始めて、現場の社員にも危機感やDX推進の重要性を共有すべきです。
6.2. ITシステムの新規導入の前にレガシーシステムの縮小に取り組む
基盤システムが複雑化・ブラックボックス化していてはDX推進の妨げになります。まずはレガシーシステムの縮小や廃棄を行ったうえで、全社的にITシステムの刷新を進める必要があり、これが日本企業の大きな課題となっています。
自社のIT資産の現状を明確に把握したうえで仕訳をし、廃棄したり縮小したりするシステムを特定する必要があります。このステップでレガシーシステムを縮小できたら、次のステップとして新しいシステムの導入を進めていきます。
6.3.「仮説を立て実行し検証する」ためのプロセスの確立が必要である
DX推進ですべてが計画通りに進むとは限りませんので、不測の事態や大きなトラブルを避けるために「仮説を立て実行し検証する」ためのプロセスを確立することが大切です。
まず特定の分野で仮説を立てて実行し検証して、その結果にもとづいてITシステムの導入を徐々に広げていきます。
たとえば、パイロットチームが実際に新規システムで業務を行い、その結果を分析して次に活かすのです。洗練された全社的なシステムの実現のために、スモールステップで「仮説を立て実行し検証する」というプロセスは重要になります。
6.4. 活用できるITシステム導入のために現場担当者の意見を取り入れる
DX推進で新規のITシステムを導入する前に、実際にシステムを利用する現場担当者の意見を取り入れることは大切です。現場の事情を知らずにシステムを開発しても実用性が乏しくなります。部門ごとにDXで解決したい課題や実現したい業務企画は異なるものです。
全社的に活用できるITシステムを構築するためには、ベンダーや情報システム部門にシステム開発を丸投げするのではなく、現場の声を聞いて開発に反映できる体制づくりが必要になります。
7. 2022年9月DX推進ガイドラインは最新版「デジタルガバナンスコード2.0」へ
2022年9月からDX推進ガイドラインは最新版「デジタルガバナンスコード2.0」へと統合されました。統合によって内容には変更点があります。そこで、「デジタルガバナンスコード2.0」が導入された背景やDX推進ガイドラインからの変更点について詳しく解説します。
7.1. デジタルガバナンス・コードと統合された背景
デジタルガバナンス・コードはDXを推進するための基本的事項や認定基準、DX銘柄の評価・選定基準など経営者に求められる対応をまとめたものです。
デジタルガバナンス・コードは2020年11月に制定され、2022年9月に改定されました。そこで、改定後のデジタルガバナンス・コードにDX推進ガイドラインが統合されることになったのです。
DX推進について複数の指針があると利用者視点から混乱を招くと考えられ、最終的に両者が統合されて、「デジタルガバナンス・コード2.0」として公表されました。
7.2. 統合による大きな内容の変更点
DX推進ガイドラインとデジタルガバナンス・コードが統合されたことによる大きな変更点は以下の2点です。
- デジタル人材育成・確保の内容拡充
- DXとSXおよびGXとの関係性
変更点について詳しく解説します。
7.2.1. デジタル人材育成・確保の内容拡充
デジタルガバナンス・コード2.0ではデジタル人材育成・確保がDX認定基準に追加されました。DX推進でデジタル技術を活用する戦略を推進するには、体制や組織を整えるだけではなく人材の育成・確保も重要になります。デジタル人材を確保できれば、新規のITシステムの導入はスムーズに進むのです。経営戦略と人材戦略を連動させたうえでデジタル人材を育成・確保することの重要性がデジタルガバナンス・コードに明記されました。
7.2.2. DXとSXおよびGXとの関係性
デジタルガバナンス・コード2.0ではDXとSXおよびGXとの関係性が整理されました。
SXはサステナビリティ・トランスフォーメーションのことで、企業と社会のサステナビリティを同期化することです。また、GXとはグリーントランスフォーメーションのことで、カーボンニュートラルへの移行を促す変革を意味します。いずれも世界中で注目されている概念です。そして、SXやGXの実現にDXは役立つとデジタルガバナンス・コード2.0のなかで説明されています。
8. DX推進時に把握すべき他の資料
DX推進の際には以下の2つの資料も把握しておくべきです。
- DXレポート
- DX推進指標
それぞれの資料の特徴や重要性を解説します。
8.1. DXレポート:課題や方向性の把握
DXレポートは経済産業省が公開しているDXに関する研究会の報告書をまとめた資料です。たとえば、DXレポート2.1には以下の内容が含まれています。
- デジタル産業の姿と企業変革の方向性
- 変革に向けた施策の方向性
- DX成功パターンの策定
- デジタル産業指標(仮)の策定
DXが推進された場合の企業の姿を示し、DXの推進を加速するための政策の方向性がまとめられています。また、「DX成功パターン」や「デジタル産業指標(仮)」など企業がDXを推進する取り組みをする際に役立つ情報も含まれているのです。
8.2. DX推進指標:進捗の確認・問題点の整理
DX推進指標とは企業のDXの実現度を自己診断するチェックリストです。チェックリストをもとにして企業の各部門で議論を行い、課題や成果を共有することを目的としています。
全部で35項目からなり、DX推進ガイドラインにある2つのテーマ「経営のあり方、仕組み」「ITシステムの構築」に沿った形で、企業の課題解決のために重要な事項を中心に項目が選ばれているのです。
まとめ
企業がDXを推進するためのポイントをガイドラインから把握することで、必要な体制を整え、ITシステムの導入をスムーズに進められるようになります。
現在はDX推進ガイドラインがデジタルガバナンス・コードに統合されているため、デジタルガバナンス・コードを参照する必要があります。デジタルガバナンス・コードをもとにした取り組みが国から推奨されています。経営者に求められる対応が網羅されており、取り組みを進める際に役立ちます。