スタグフレーションの可能性はあるか?
先ほど説明した貨幣中立の理屈で考えれば、中央銀行がマネーを大量供給しても実質的な物価は変わらないはずです。しかし一部の消費者は、マネーが大量供給されることで購買力が増加したと考え、消費や投資を増やす可能性があります。
また物価が上昇すると、現金の価値は実質的に減額されますから、この理屈を知っている人はインフレ期待が発生すると現金を手放し、不動産などモノに換えようと試みます。そうなると需要が拡大し、景気にプラスの効果をもたらします。
残念ながら、日本では量的緩和策を行っても、経済を回復させることはできませんでした。しかし、これは日本独特の構造的問題に起因するものであり、量的緩和策に物価上昇効果がないということではありません(詳しくは別の機会に譲りますが、日本で量的緩和策が十分な効果を発揮しない可能性があることは、アベノミクス実施前から何度も指摘されていました)。実際、諸外国では、量的緩和策によって確実に物価は上昇しており、遅ればせながら日本でも徐々に物価が上がり始めています。
量的緩和策は、適切なインフレが維持できるよう貨幣の供給量をうまくコントロールする方法ですが、その効果が行き過ぎて、予想以上にインフレが進んだ場合、制御が難しくなるというリスクがあります。
仮に経済成長のペースを大幅に上回る形で貨幣の供給を続けた場合、どこかのタイミングで多くの消費者がその現実に気付き、一気に貨幣を手放してモノに換えるでしょう。こうなると、インフレが過度に進むことになり、場合によっては、物価の上昇を止められなくなります。
■スタグフレーションが怖い理由
ここまでの説明で、今回のインフレはディマンドプル・インフレとコストプッシュ・インフレが混在したものであり、貨幣供給量の増大がそれに拍車をかけている状況であることがおわかりいただけたと思います。
今後、ロシアのウクライナ侵攻の影響がより深刻化し、経済の供給制限が強くなった場合、世界経済は景気の悪化とインフレが同時進行するスタグフレーションに陥る可能性も考えられます。
スタグフレーションを、総需要曲線と総供給曲線(前回の図2)にあてはめるとどうなるでしょうか。それは、経済全体で供給量がさらに低下し、総供給曲線の左シフトが顕著になった状態です(図3)。総供給曲線が著しく左に移動することで、物価の急上昇とGDPの減少が同時に発生することになります。
スタグフレーションがやっかいなのは、一般的な景気対策の実施が難しくなることです。
通常、悪くなった景気を回復させるためには、財政出動などを行います。財政出動は、総需要曲線を右側に動かす政策ですから、当然のことながら、物価上昇がともないます。ところが、総供給曲線が激しく左にシフトしている状態で、総需要曲線を右側に動かせば、物価上昇に拍車がかかります。つまり、景気を回復させようとするとインフレが止まらなくなり、逆にインフレを抑制しようとすると今度は景気が悪化してしまうのです。
極論すれば、スタグフレーションに陥った場合、インフレを放置して景気対策を優先するか、インフレ抑制を優先して景気を犠牲にするのかの二者択一を迫られます。
景気対策を優先してインフレを放置した場合、景気は何とか維持できますが、いっぽうで銀行預金など資産を現金で保有している人は、資産が大幅に目減りするでしょう。つまり預金という国民の資産を事実上、奪い取ることで辻褄を合わせる必要に迫られるのです。
逆にインフレ抑制を優先すれば、国民の資産が消滅するような事態は避けられますが、不景気によって失業する人や経済的に困窮する人が増加します。どちらを選択しても、経済にとっては大打撃です。