物価のコントロールが難しくなる局面
■量的緩和策のデメリット
今回のインフレについて、一部の専門家は、物価のコントロールが難しくなる水準まで進むのではないかと危惧しています。筆者は現時点では少々懐疑的ですが、厳しい見解が出ているのには理由があります。それは、ディマンドプル型とコストプッシュ型が同時発生していることに加え、量的緩和策によるマネーの大量供給という貨幣的要因が絡んでいるからです。
前回説明した価格の仕組みは、実体経済における需要と供給の関係で成り立っています。つまり、価格を決定するのは現実の経済活動であって、貨幣の存在は無関係であるとの考え方です。このような考え方を、経済学では「貨幣の中立性」と呼びます。
貨幣が中立的である場合、貨幣は商品の交換を媒介するだけの存在であり、物価に影響を与えることはありません。したがって、世の中に出回るお金の量が2倍になれば、単純に全体の物価が2倍になるだけで、実質的な経済に変化は生じないことになります。
もし、この理屈が普遍的に適用できるのであれば、貨幣の量が増えて全体の物価が上がっても(つまりインフレになっても)、お店の値札が変わるだけであり、私たちの生活に大きな変化は生じません。確かに、経済の動きを長期的に観察すると、貨幣の量が経済全体を変えることはなく、貨幣は実体経済に対して中立的であることがほぼ検証されています。
ところが、短期的に見ると、必ずしもそうとは言えない部分があります。人は社会に出回る貨幣の量が変化すると、大きな影響を受け、経済的な行動を変えてしまう可能性があるのです。また貨幣の量が変わると金利も動き、金利の変化は人々の行動を大きく変容させます。場合によっては、貨幣の量を増減させることでインフレやデフレを加速させてしまうことも十分にありえるのです。
こうしたメカニズムは現実の政策にも応用されています。市場に供給される貨幣を調整することで物価を動かす政策と言えば、やはり量的緩和策ということになるでしょう。量的緩和策は、中央銀行が積極的に国債を購入することでマネーを大量供給し、市場にインフレ期待(物価が上昇すると皆が考えること)を生じさせる政策です。
期待インフレ率が高くなると、理論上、実質金利(名目金利から期待インフレ率を引いたもの)が低下するため、企業はお金を借りやすくなります。銀行の融資が拡大して、企業が設備投資を増やせば、経済全体で需要が増え、景気が良くなるという仕組みです。
量的緩和策が実施された当時の世界経済は、リーマン・ショックによってデフレに突入する可能性が高くなっており、名目上の金利についてもこれ以上、引き下げることが難しい状況でした。このため、逆に物価を上げて、実質的に金利を下げようというのが量的緩和策の狙いということになります。