消費者にとってもっとも困ったパターン
■需要曲線と供給曲線の同時シフト
需要全体が増大する典型的なケースは、ある商品の購入希望者が急激に増えることです。たとえば、発売当初は一部の人しか知らなかった商品がブームとなり、多くの人が購入を希望するようになると、その商品の需要全体が爆発的に伸びます。
需要が著しく増大すると、より多くの数量が必要となりますから、需要曲線は右側にシフトします。(図1・左)ここで供給側の体制に変化がない場合、需要曲線と供給曲線が交わる地点も右側にシフトし、その分だけ価格が上昇する結果となります。
社会全体の環境変化も商品の需要を左右します。貧しい社会では、需要の多くは説活費需品ですが、社会が豊かになると、生活費需品だけでなく嗜好品への需要も伸びてきます。特に、コンテンツのような形のない商品の場合、輸送や保管といった物理的な成約がありませんから、消費者は欲しいだけ購入しようと考える傾向が強く、全体の需要は増加していきます。ですから、情報が高く売れる国は、基本的に豊かであると考えて差し支えありません。
食品のように、一定以上は消費しない商品であっても、社会が豊かになるとやはり需要は拡大していきます。第1章で解説したように、社会が豊かになると、肉食が増えるのは全世界的な傾向です。肉を生産するには、大量の穀類を必要としますから、肉食中心の社会と穀類中心の社会では、同じ人口でも、食糧に対する需要は圧倒的に豊かな社会のほうが大きくなります。
需要側と同様、供給側もさまざまな事情で変化が生じます。
企業は常に研究開発を行い、効率良く製品を提供できるよう工夫を重ねています。こうした取り組みのことを一般的に「技術革新(イノベーション)」と呼びますが、時に企業というのはびっくりするような技術革新を行うことがあります。
ソフトウェア技術などはその典型ですが、ソフトウェアが登場する前の時代は、家電やAV機器の機能を変更するには、まったく新しい回路をゼロから作り直す必要がありました。ところがソフトウェアを活用すれば、プログラムをちょっと変更するだけで新しい機能を追加することができます。そうなると、企業のコストは大幅に減少しますから、従来とは比較にならない量の製品を供給できるようになるのです。
時代を遡れば、工場の大量生産にも同じことが言えます。自動車ができたばかりの頃は、1台1台手作りで自動車を作っていました。ところが米フォードがベルトコンベアを使った大量生産の方法を編み出したことから、生産台数が飛躍的に増加しました。
こうした革新的な技術が登場すると、先ほどの供給曲線は右側にシフトすることになります。この時、需要が変わらなければ、両者の均衡点である価格は安くなり、最終的に消費される商品の数も多くなります。
当然ですが、この逆もありえます。何らかの事情で企業の生産力が大きく低下した場合には、供給曲線は逆に左側にシフトします(図1・右)。需要に変化がなかった場合、価格は大幅に上昇することになります。つまり企業の供給が減少すると、価格が上がるというメカニズムです。
もっともわかりやすいのは、天候不順で農作物が不作になった状態でしょう。農家は作りたくても農作物を作れませんから、供給曲線は左側にシフトし、需要曲線との均衡点となる価格は高くなります。生産量が減れば価格が上がるというのは、直感的にも理解しやすいのではないでしょうか。
消費者にとってもっとも困ったパターンは、需要が拡大すると同時に、供給も減ってしまうことです。需要が増えて需要曲線が右側にシフトし、供給が減って供給曲線が左側にシフトすると、両方の影響が同時に及んできますから、激しい価格上昇となります。