「不安」が問題になっているケースの精神分析
不安は「不快」な感情の一つですが、生きていくためには必要不可欠ですし、生物としての人間にもともと備わった本能にも関わる重要な感情です。しかし頭ではそんなに心配する必要がないと分かっているのに不安な気持ちが止められなかったり、無意識的な不安に突き動かされて余計な行動をしてしまったりと、なかなか厄介なことにもつながることがあります。不安は誰でも避けたいものですが、避ければ避けるほどその不安は強くなるともいわれており、その不安に向き合い深く理解し、不安に振り回されない生き方を選択していくことが必要な場合もあります。
【CASE】 幸せなはずなのになぜか憂うつになる
■結婚準備で「キミの好きなようにしていいよ」しか言わない彼にモヤモヤ
結婚を決め、準備を進める時期、幸せの絶頂であるはずと思われるにもかかわらず、だんだん先々のことに不安を感じたり、憂うつな気分になってくるという現象について、俗にマリッジブルーなどと呼ばれることがあります。環境が大きく変わることや両親と離れること、また家庭と仕事の両立などが原因といわれたりします。
Xさん(仮名)は結婚式を1ヵ月後に控えた32歳の女性です。3歳年上の男性と2年の交際を経て結婚することになりました。彼はとても優しい人で、Xさんの気持ちをいつも最優先に考えてくれていましたので、彼女は自分が「大事にされている」「愛されている」と実感して心穏やかにいられました。彼が安らぎを与えてくれる大事な存在になっていたのです。
しかし、結婚式の準備で何度も式場の人と打ち合わせをしているうちに、いつも彼女の横でニコニコ笑って「キミの好きなようにしていいよ」と言う彼に不安を感じるようになりました。
交際中には自分の気持ちを大事にしてくれていると思っていたことが、結婚を決めた途端に優柔不断に思えてきたといいます。なにもかも彼女が決めて、「いいんじゃないの」と横で言うだけの彼の態度が、どこか他人事で頼りなく、「本当は結婚をしたくないのでは?」と不安になり、疑う気持ちさえ芽生えてきたそうです。
■結婚したら一人の時間がなくなることに気づき、いっそう不安に
一度そう思うとだんだん不安が強くなってきます。Xさんは、「これはマリッジブルーかもしれない」と心配になり、先に結婚した友人に相談しました。すると、その友人の場合は式場の打ち合わせにも彼は忙しくて来てくれず、自分と式場の人とでほとんどの準備を進めたといいます。ですから友人は怒り心頭で、何度も喧嘩になり、マリッジブルーになっている余裕さえなかったと笑っていました。そして、「婚約者が同席してくれるだけマシ」「そんなに不安なら結婚をやめればいい。今なら間に合う」などと言われ余計に心配になってしまいました。
そう言われると自分はやはり幸せなのだと思い込もうとしましたが、新居の準備をしていたときに、自分の部屋がないことに気づきました。早くに実家を出て一人暮らしをしていた彼女には、一人になる時間や場所が大切でした。それが、結婚後はなくなることに、想像しただけでも息苦しさを感じて不安になりました。
よくよく考えてみると、交際中に彼女のマンションに彼が来ていたときも、楽しくて幸せな反面、ずっと一緒にいると息苦しさを感じて一人になりたくなり、“早く帰ってくれないかな”と思う瞬間があったといいます。
そんなことが次々と思い返され、うまくやっていけるのかと、Xさんはだんだんと憂うつになってきてしまいました。
なぜ、彼との関係性が複雑になってしまったのか?
■自立を望む一方で、甘やかされることを無意識的に望んでいたXさん
本人も感じているように、Xさんは自立心の強い人のようです。両親と弟の4人暮らしだった家が非常に狭く、自分の部屋がなかったこともあり、社会人になったら一人暮らしをすることを目標に貯金をして、就職すると半年で家を出たそうです。アパートも自分で決めて、必要な家具も友人から譲ってもらい出費を抑えました。なんでも一人で準備をして家を出たのです。
一方、彼のほうは年上でXさんを「大事にしてくれる」のですが、主体的で対等な相手として尊重し、しっかりと向き合っているとはいえない面があったのかもしれません。結婚式は「女性が」楽しむものだから好きにしていいよ、甘やかしてあげるよ、というある意味上から目線の「優しさ」がどこか鼻についてきていたわけです。しかし一方でXさんは頼り甲斐があって甘やかしてくれる強い父親のような存在に無意識的には憧れがあったために彼のような男性を選んでいたのだと思われます。
Xさんの父親が家庭のなかでは立場が弱く、主婦だった母親は、頼り甲斐がなく収入も少ない父親に不満を抱えていました。Xさんは収入がないために不満を抱えながら離婚することもできない母親のようになりたくないという思いから、経済的に自立したいと思う一方、強くて頼り甲斐があって優しい相手に甘やかしてほしいという矛盾した願望をもっていることを意識していなかったのです。
■結婚が決まり、彼に「対等な大人同士の関係」を望むようになったが…
この葛藤が彼との関係性を複雑なものにしました。付き合い始めた当時はXさんが甘えて、彼が甘やかしてくれるという関係性にお互いが満足していたのですが、結婚となるとそういう蜜月関係だけでやっていけるものではありません。結婚式の準備やお互いの親戚家族関係、生活リズムや家事分担など具体的現実的に交渉していかないといけないことがどんどん出てきます。そのなかでXさんは自立して対等な大人同士の関係を望むようになったのですが、彼はそこについてこれていなかったのです。ある意味彼のほうがXさんの成長についてこられなかったともいえます。これがXさんの憂うつの原因の一つであったようでした。
しかしXさんはそういう彼とも根気強く付き合いながら、少しずつ対等な関係をつくっていくようになりました。そうすると彼もXさんの独立心や現実に立ち向かう力を認め、尊重していくようになっていったのです。
庄司剛
北参道こころの診療所 院長