(※写真はイメージです/PIXTA)

自分でも意識することのできない心の奥底、すなわち「無意識」を探っていくと、過去のつらい記憶や体験から抑え込んでしまっていた自分の本来の感情が見えてきます。多くの人が経験する感情の奥には、どのような真実が隠されていたのでしょうか。精神科医・庄司剛氏が解説します。※本稿で紹介するケースは、個人が特定されないように大幅に変更したり、何人かのエピソードを組み合わせたりしています。

「不安」が問題になっているケースの精神分析

不安は「不快」な感情の一つですが、生きていくためには必要不可欠ですし、生物としての人間にもともと備わった本能にも関わる重要な感情です。しかし頭ではそんなに心配する必要がないと分かっているのに不安な気持ちが止められなかったり、無意識的な不安に突き動かされて余計な行動をしてしまったりと、なかなか厄介なことにもつながることがあります。不安は誰でも避けたいものですが、避ければ避けるほどその不安は強くなるともいわれており、その不安に向き合い深く理解し、不安に振り回されない生き方を選択していくことが必要な場合もあります。

【CASE】周囲の期待とそれを裏切ることへの恐れ

■真面目で努力家。学生時代から期待されてきたXさんだが…

Xさん(仮名)は真面目で努力家なので、学校の成績は常に上位にいました。そうなると親はもちろん先生など周りの人の期待も高く、その期待に応えなければいけないといつも感じていました。それはXさんにとってプレッシャーでしたが、有名大学を卒業し、大手企業に入社と順調に人生を歩んでいるように見えました。

 

入社から3〜4ヵ月は、研修や先輩について仕事を覚えることに必死で、なにも考える余裕がないほど忙しく働いていました。そして、仕事の流れを一通り覚えて通常の業務につき、先輩の指示にしたがって本来の仕事をするようになると、ようやく周りが見えるようになりました。

 

それで気づいたのは、Xさんの配属された部署はほかに比べて仕事量が多く、とても忙しいということでした。合理的に進めるために仕事のできる人とできない人がはっきりと分けられており、仕事内容も異なっていたのです。

 

■“できない人”に分類される不安から、周囲が止めるレベルで働き続け…

入社したてのXさんは、ふるいにかけられている状態でしたので、仕事のできる人の下で働いていましたが、“使えない”と烙印を押されると“できない”人のグループに回されるらしいのです。同期の人から聞いた話では、エリートコースから外れると、できる人たちの雑用係に回り、彼らの言いなりになって面倒な仕事ばかりを押しつけられるということでした。

 

そんな話を聞かされて不安になったXさんですが、持ち前の頑張りで先輩たちのアシストをうまくこなし、信頼を得ていきました。残業もいとわない彼に対して、先輩たちも高く評価し、「期待の新人」とかわいがられるほど良い関係を築くこともできました。

 

そうなると、真面目なXさんは「もっと頑張らないといけない」と自分を鼓舞し、先輩が「あとは明日にしよう」と言ってくれても、「もう少しで終わりますから」などと言って残業したり、誰もそこまでは求めていないのに「こうでないといけない」と必要以上に自分でハードルを上げていきました。

 

そんな彼の様子を心配した先輩たちのほうが、「そんなに頑張らなくて良い」とブレーキをかけてくれても、「気を使わせて申し訳ない」と思って休みませんでした。

 

ところが、ある日を境にXさんの体調に異変が生じたのです。だんだん不眠になり、食欲もなくなり、仕事中はボーっとして集中できなくなり、あるときは先輩に頼まれた用件を忘れてしまうということもありました。

 

さすがに周りも心配して、疲れがたまっているから休むようにと言われましたが、休めば“使えない”と思われてしまうという不安から、Xさんはなかなか休むことができませんでした。そのうちに一人でいると自然に涙が出てくるようになりました。仕事のことを考えると息苦しくなり、動悸がしてきます。出勤の電車では吐き気がするようになり、何度も電車を降りて休みながら出勤するようになりました。

 

同期の仲間たちが精神科の受診を勧め、最初は「大丈夫」と拒否していましたが、長引かせればますます悪循環に陥ると説得され、ようやく私のところに相談に来たのでした。

なぜ自分を追い込むほど頑張ってしまうのか?

■Xさん自身にも「極端な完璧主義」という自覚はあったが…

Xさんの診断は適応障害と思われましたが、話していると自分に対しての要求水準が非常に高いことが気になりました。「どうしてそんなに頑張るのでしょうね」と私が訊ねると、「仕事ですから誰かがやらなくてはなりません、私がやらなければほかの誰かに迷惑がかかります。先輩も期待してくれていますし、自分だけができないというのは怠惰でしょう」と答えました。

 

しかしよく聞くと裁量労働制とはいえ、Xさんほど遅くまで残って仕事をしているのは職場でも1人か2人で、Xさんのように毎日終電を過ぎて仕事をしている人は誰もいないようでした。仕事の内容的にも一つひとつの内容を細かくチェックして徹底的に調べて穴がないように準備しないと気が済まないので、ほかの人の何倍も時間がかかります。そうしないと自分は皆と同等の結果が出せていないので、その分また頑張らないといけないのだというのです。

 

つまり極端な完璧主義で、それが自分の首を絞めることにもなっていました。自分でもそれは分かっているのですが、力を抜くということは考えたこともないようでした。

 

そしてXさんほど毎日遅くなっているわけではなくても、職場の先輩は基本的にワーカホリックで、忙しくしんどいことを自慢げに語る人ばかりだったのです。なぜ自分にもそれができないのかXさんは分かりませんでした。言われたことを言われた通りに一生懸命やっているだけなのに、なぜ自分だけ具合が悪くなってしまうのか。それが悔しそうでした。

 

■「自分の苦手・弱点を素直に認めて諦める」ができない、プライドの問題も

しかしXさんにはとても重要な部分を見落としていた、というよりは考えるのを避けていたのではないかと思われました。

 

それはその仕事が、本当はXさんのどうしてもやりたかった仕事ではなかったということです。Xさんは本当は技術開発や商品開発の仕事がやりたくてその会社に入ったのですが、配属されたのは営業だったのです。会社員だから言われた仕事はやらなくてはいけないと思って頑張っていましたが、元来が口下手で知らない人とうまく関係性をつくりコミュニケーションするということは苦手なことでした。

 

しかし学生時代まではどんなにつらくても頑張って勉強すれば乗り越えてこれたXさんにとって、自分には苦手な仕事があってそれは努力ではなかなか乗り越えられないものだということがどうしても受け入れられず、プレゼン資料を強迫的にチェックしたりつくり込むことでなんとかしようと思っていたのです。そこには苦手なこと、弱みを率直に認めて諦めることが難しいプライドの問題も関わっていました。

「挫折」は成長するための重要なプロセス

■自分の不得手を受入れ、異動することに…Xさんが初めて味わった「挫折」

当初Xさんは私の休職の勧めも断りましたが、結局出勤困難となり、休職の診断書を提出しました。しかし一週間もすると、こんなに休んでいて会社に迷惑をかけている、社会人として申し訳ない、休んでいると社会に戻れなくなり落伍者になってしまう、と焦燥感が強くなりました。そもそも休職していることは実家の家族にも話しておらず、一日中一人で悶々としているしかなかったのです。

 

Xさんが得手不得手を受け入れ、苦手な営業部署ではやっていけないことを認めて異動を希望するのは簡単なことではありませんでした。彼の初めての挫折だったのです。しかしこの挫折は自分自身についての現実を受け入れ、成長するための大切なプロセスだったといえます。これがなければ、たとえしばらく休職して体調が戻ったということで復職できたとしても、同じような失敗が繰り返されたことでしょう。

 

リワークプログラムを受けたXさんはしっかりと自分の強みと弱さを振り返り、つらいときはなにがつらいのかを直視しつつ人に助けを求める練習をしていきました。これからの長い職業人生にとって、これはとても重要な体験になったと思います。

 

 

庄司剛

北参道こころの診療所 院長

 

※本連載は、庄司剛氏の著書『知らない自分に出会う精神分析の世界』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

知らない自分に出会う 精神分析の世界

知らない自分に出会う 精神分析の世界

庄司 剛

幻冬舎メディアコンサルティング

自分でもなぜか理解できない発言や行動の原因は、過去の記憶や体験によって抑え込まれた自分の本来の感情が潜む「無意識的な領域」にあった! 憂うつ、怒り、不安、落ち込み…。理由の分からない心の動きを精神科医が考察。…

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