遺言もせずに亡くなってしまうと、残された家族は思わぬ憂き目に遭うかもしれません。今回は優司法書士法人、上村拓郎代表のもとへ相談のあった、遺言がないために悲劇を生んだ「子のいない夫婦の相続事例」を紹介します。
※本連載は、上村拓郎氏の著書『相続をちょっとシンプルに: 気づきをうながすためのケアフル相続入門』(灯光舎)から一部を抜粋し、幻冬舎ゴールドオンライン編集部が本文を一部改変しております。

子のいない夫婦の相続…自宅名義を変えたい残された妻

いろいろな家庭環境のなかで、遺言を残すことで自身の想いを伝えることは重要だと思います。自分が死んだ後の話だからわしは知らん、と言われる方もおられます。本当に遺言は不必要なものでしょうか。ここで僕の体験した事例をご紹介します。

※以降の事例の人名はすべて仮名です。

 

田中優子(六〇代・女性)さんから不動産の名義を変更する相続登記の手続きをしてほしいという依頼がありました。事務所にお越しになられて、優子さんは開口一番、「自宅の名義を私の名義に変えてください」とおっしゃいました。

 

僕は、いつものように、亡くなったご主人・田中寅雄さんの相続関係を聞き取りました。優子さんと寅雄さんは、仲の良いオシドリ夫婦で子どもはいませんでした。そして、寅雄さんには、弟が一人いました。遺言書の有無を伺うとそういったものは一切ないということです。

 

「遺言が残っていないのであれば、優子さんと寅雄さんの弟さんが遺産分割協議をして、優子さんが相続するという内容の遺産分割協議書が必要になります」と伝えたところ、「夫とその弟さんは、お義父さまが亡くなられた際、財産相続について裁判までして争い、今では絶縁状態です。私だって口もききたくありませんし、もう関わりたくありません!」と語気を強めておっしゃいました。

 

「しかし、遺産分割協議書に署名してもらい実印を押印して、印鑑証明書をもらわないことには、優子さん名義に変更できませんよ。しかも、裁判になった場合、その弟さんには、不動産だけでなく総遺産の1/4の権利を渡さないといけなくなります」と僕が念押しすると、「私たち夫婦で力を合わせて築いた財産ですよ! なんで何の関係もない義弟に分けないといけないんですか! びた一文もあげたくないです!」とまたも攻撃的な口調です。

 

優子さんの気持ちは痛いほどわかります。義理の兄弟姉妹に対しても法定相続分があることを受け入れにくいこともあると思います。まして、疎遠になっている状態で、しかも以前に相続で対立していたとなれば、混乱されて当然だと思いました。

 

例えば、子どもがいた場合の相続であればその子どもが相続人になり、亡くなった配偶者の兄弟姉妹が相続人となることはありません。しかし、こういう子どものいないご夫婦のどちらかが亡くなった場合の遺産分割協議では、亡くなった配偶者の兄弟姉妹が相続人となります。

 

程度の違いこそあれ、わだかまりが残るケースが散見されます。このような状況に陥らないためには、生前に配偶者にすべての財産が承継されるように、遺言書を残しておく必要があります。もし遺言書が残っていれば、さきほどの説明どおり、兄弟姉妹には遺留分は認められませんので、義弟は相続権を主張する権利はありません。

 

寅雄さんは、配偶者優子さんのために、「自分が亡くなった際、全財産を優子さんに相続させる」旨の遺言を残しておくだけですべてが解決できたわけです。寅雄さんがそのことをご存知なかったのは痛恨の極みです。夫婦が配偶者に財産を渡したいと望まれることは多いと思います。何もしなければ、二人が望む権利承継ができないことが多いのが現実です。

 

 

上村 拓郎

優司法書士法人 代表社員

 

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※本連載は、上村拓郎氏の著書『相続をちょっとシンプルに: 気づきをうながすためのケアフル相続入門』(灯光舎)より一部を抜粋・再編集したものです。

相続をちょっとシンプルに 気づきをうながすためのケアフル相続入門

相続をちょっとシンプルに 気づきをうながすためのケアフル相続入門

上村 拓郎

灯光舎

自分だけでなく、家族や身のまわりの人たちと一緒に相続を考えるきっかけにしてもらいたい本。 本書は、相続対策の実務よりも、まずは相続を知るために「読む」ことを意識した相続エッセイです。相続は発生してからではなく、…

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