30人以上の相続人を抱えた明治時代の家
これから紹介する事例は、明治時代に物件を取得して登記がなされて以来、一切相続登記がされていなかった不動産の案件です。まず考えてほしいのが「あなたの住んでいる家は、本当にあなたの家ですか?」ということです。
名義人、さらには名義人の直接の相続人はすでに亡くなり、そしてその相続人も亡くなっており、最終の数次相続人の数は30人を超えました。さらに、戸籍を手配したり、印鑑を徴求したりする間にその最終の相続人のうち何人かが亡くなってしまうという相続人自体の高齢化という問題もあわせもった案件でした。このケースについては僕の業務を主体に紹介しますが、みなさまの参考にもしていただけると思います。
業務の手順としては、相続人代表からほかの相続人へ遺産分割の内容の説明と、遺産分割協議書に実印を押してほしいことを手紙に書いて、印鑑証明書と一緒に返送してもらうという作業を最終の相続人三十数人分徴求しなければならないというものです。その手紙のなかで、「ご不明な点があれば連絡してください」という文言とともに、疎遠になっている相続人同士で話がしづらいという事情も鑑みて僕の事務所の連絡先も記載しました。
すると数名からこの手続きについての問い合わせがありました。連絡があるということは、その書類をご覧になり、手続きに興味・意見がある方です。相続人代表にとってはありがたいことです。
こういうケースで一番厄介なのが、うんともすんとも返事のない方なのです。多数の相続人ゆえにかなりの時間はかかりましたが、遺産分割協議書と印鑑証明書の返送について、なんとかあと「一人」のところまでやってきました。あと、一人……もし連絡がなければ、協議は整わないことになります。僕は気が気でない状態でした。しかし未だに連絡が来ない……。
ありうるケースとして、相続人の公的証明書上の住所に住んでおられないか、それともその書類を無視している状態なのか、入院や出張など受け取れる状況にないのか、想像できることはたくさんありました。その相続人の公的書類上の住所は、当事務所から遠く離れた場所にありました。それでも、現地を訪ねて状態を確かめようとしていたそのとき、事務所のナンバーディスプレイに「公衆電話」と表記された着信がありました。
「書類は受け取りました。印鑑を押して、返送しようと思ってます」と待ちに待った連絡が入りました! 僕は、電話の受話器を持ちながらガッツポーズ。「まだ、印鑑登録をしておりませんので、それをしたら印鑑証明書と一緒に送りますね」と続けてお話しされました。まあすぐに印鑑登録もしてくれそうだなと感じ「わかりました。ご返送をお待ちしております」と伝えました。
それから、10日程経過し、そろそろかな、そろそろかなと便りを待つ日々が続きました。しかし、いっこうに届きません。焦りが出てきます。協力的な人のように感じたのに、なぜ届かないのだろうと不思議に思いながら、事故や病気になってしまったのかと心配していました。
どう進めていこうかと考えていたところ、初めての電話から三ヵ月後、一通の内容証明郵便が届きました。封を開けるとその最後の相続人の代理人弁護士からでした。「べ、弁護士……なんで?」不思議でした。お察しの方もおられると思いますが、弁護士からの連絡は、つまりは争う姿勢を見せてきたのです。驚きを隠し切れませんでした。こうなると、交渉が相続人同士ではなくなるので、主体となって動いていた相続人も弁護士をつけて交渉することになってしまいました。
そこからは案の定、一年程時間もかかり、当然弁護士費用もかかってしまったということです。後で、その相続人代表の代理人弁護士から聞いた話によると、その最後の相続人の方は、生活保護を受けていたそうです。行政の方が、たまたま財産相続の書類を目にしたことで、財産取得の方向で動きをとるために弁護士を依頼したということです。
遺産分割という想いを形にした手続きのはずが、協力しようと思っていた相続人の意思をよそに、生活保護費を少なくしなければならない行政の立場からそういう流れになってしまったのは残念でした。しかし、起こってしまったことは仕方ありません。
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