日本のみならず海外でもマナー違反となる「貧乏ゆすり」ですが、非常に高い健康効果があることがわかっています。血管内にできる血栓を予防することで、いわゆる「エコノミークラス症候群」といった重篤な症状の発生を回避することができるのです。ベテラン整形外科医が解説します。

最近は航空機内でも推奨されている「貧乏ゆすり」

筆者は学校や自宅にて、足首を上下に揺する動作(いわゆる貧乏ゆすり)を無意識にする癖があり、親から「お行儀が悪いから止めなさい!」とよく叱られたものです。社会的にも下品でタブーな行動とされていますが、近年では飛行機に乗ると「血栓予防のために足首を上下に動かしましょう」と推奨されています。

 

「えっ! まさかの貧乏ゆすり推奨!?」と、失笑してしまいましたが、時代が変われば、マナーもTPOによって変わるようです。

 

でも実のところ、近年では整形外科の分野においても、血栓は手術後の重大な副作用として注目を浴びるようになりました。

 

医療現場としては、「なぜ血栓ができるのか」「なぜ手術後の痛みがあるときに、足首を動かさなければいけないのか」をしっかり説明しておかないと、血栓ができてから説明しても「手術中になにか失敗したのではないか」と誤解されてしまう可能性があります。

 

そのような事情から、筆者は手術前の説明に十分時間をかけ、血栓のできるしくみや予防について説明してきましたので、今回はその経験を活かしてお話します。

 

まずは、血液循環の要である「動脈血管」と「静脈血管」の基礎知識について学びましょう。

動脈血管は、心臓と手足を直結する「ホース菅」だが…

心臓のポンプ作用によって押し出された新鮮な血液を手足まで一気に届けるために、動脈血管は中空構造になっています。だから、心臓の拍動と同時に、脈として触れることができるわけですね。つまり蛇口に繋いだホース管といえます。

 

では、手足には心臓のようなポンプ作用もないのに、高い場所にある肺まで重力に逆らいながら、血液はどのようにして還流するのでしょうか?

 

◆土踏まず(足底アーチ)=手押し(足押し?)ポンプ

足の血液は、水が低い所に集まるように、まず土踏まず(足底アーチ)に集まります。これが「足底静脈叢」で、「血液の小袋」みたいなものです。

 

歩行によって足底アーチが伸縮するので、「小袋の血液」が静脈血管内に押し出されます。従って、歩行を動力とした手(足?)押しポンプで血液を送り出しているといえますね。

 

◆歩行時の筋肉収縮=ポンプ作用(筋肉のポパイ効果)

足底アーチのポンプ力だけでは弱いので、歩行時の筋肉収縮もポンプ作用に利用されます。筋肉は「ポパイの力こぶ」のように太くなったり細くなったり収縮しますので、静脈血管を側面から圧迫して、血液を押し上げる訳です。

 

したがって、静脈血管の壁は、ビニールのように薄くなっており、筋肉のポンプ作用の効率を高めています。

 

◆静脈血管=血液のバケツリレー

静脈血管内に押し出された血液は、足底アーチと筋肉の弱いポンプ作用では肺まで届きませんので、落下してしまいます。それを防止するために、逆流防止弁が静脈血管内に、まるで梯子(ハシゴ)のように沢山できました。つまり、静脈血管では、血液を逆流防止弁で一旦溜めては、次の逆流防止弁に押し出す「血液のバケツリレー」による仕組みを作った訳です。

 

したがって、静脈血管は歩行を原動力としていますので、「足は第二の心臓」といわれる所以です。

「深部静脈血栓症:DVT」と「肺血栓塞栓症:PE」

しかし、「第二の心臓」は歩行頼みなので、半日以上も座ったり寝たりしていると、ポンプ作用が働かなくなり、血液の環流が悪くなって血の塊(血栓)ができます。これが、深部静脈血栓症(DVT)といわれるもので、下腿(ふくらはぎ)に好発しますが、血栓は小さいため生命の危険性は少ないようです。

 

一方、弁の数が少ない大腿部にDVTが発生すると大きな血栓ができやすいため、肺に到達すれば呼吸困難、あるいは死に至る危険性があります。これが肺血栓塞栓症(PE)といわれるものです。

 

飛行機のエコノミークラスを利用した方にPEが頻発したのでエコノミークラス症候群ともいわれています。膝を伸ばせない窮屈な場所での長時間の座位が原因といわれています。持病に関係なく、海外旅行ができるような健康な人にも、突然PEが発症するわけです。

 

また、整形外科における大きい手術後では、長時間ベッド上で動けない肢位をとらざるを得ないため、PEの発症が起こりやすいと警鐘されています。

術後の血栓リスクを下げる「自動膝屈曲装置」を開発!

「私は12時間以上も寝ているけど、大丈夫なのはなぜ?」と思われているかもしれませんが、それは「人間は就寝中も、少なからず無意識に寝返りをして足を動かしている」からです。足を動かせないような狭い空間、麻酔によって足が動かせない、術後に足を装具で固定した姿勢などの、「動かそうにも動けない不自然な環境」で起こるわけです。

 

そこで近年では、手術後に「自動膝屈曲装置を装着させて筋肉を収縮させ、また足裏を定期的に圧迫して血行を促しています。言い換えれば、寝ながら「歩いている状態」を作り出しているわけです。

 

★今日の教訓★ 

サメが「泳がないと死ぬ」ように、人類にとって歩行はきわめて重要なもの!

 

 

三上 浩
医療法人 医仁会
高松ひざ関節症専門クリニック 院長

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