人間の赤ちゃん、生まれてすぐに歩けないのはなぜ?…従来の学説を覆す「EGG説」とは【整形外科医が解説】

人間の赤ちゃん、生まれてすぐに歩けないのはなぜ?…従来の学説を覆す「EGG説」とは【整形外科医が解説】

人間の赤ちゃんを産み育てるのは大変です。お母さんは10ヵ月にわたってお腹の中で育て、大変な思いで出産してからも、歩けるようになるまで1年前後かかります。なぜそんなに手間がかかるのでしょうか? 最近では、出産にまつわる従来の学説を覆す新説が登場しました。人間の進化の過程を追いながら学んでいきましょう。ベテラン整形外科医が説明します。

「生まれてすぐ歩いてくれたら、助かるのに」by 両親

人間の赤ちゃんは可愛くて愛らしいですが、犬や猫のように生まれた直後から歩くことはできません。歩けるようになるまでに約1年を要しますので、ご両親の愛情ある見守りと育児が必要となります。それはそれで楽しいと思いますが、育児は大変ですから「生まれてすぐに歩いてくれたら、助かるのに!」と思う気持ちも理解できます。

 

では、なぜ人間の赤ちゃんは「歩けるようになる前」に生まれてくるのでしょうか?

 

いくら両親が世話をするからといっても、「種の保存」にとって歩けないことは、一見不利な条件に思えます。その疑問の答えとして、これまでは「産科ジレンマ説」(下記に詳述)が信じられてきましたが、近年新たに「EGG説」が発表されましたので紹介します。

 

まず基礎知識として、出産に関係する「お母さんの骨盤」と「赤ちゃんの脳」の進化について説明していきましょう。

脊椎が直立化した人類、骨盤はどのように進化した?

犬などの四足動物の骨盤は細長い板状の形状をしており、脊椎に水平つながり、子宮、膀胱、直腸などが、「まるで物干し竿の洗濯物がぶら下がったように」腹側にぶら下がっています。

 

しかし、人類は脊椎が直立化したため、「物干し竿を立てれば、洗濯物が足元に落下するように」各臓器も落下して、腹部底面が破裂する恐れがあります。

 

そこで、直立した人類では各臓器と子宮を保護、支持するために、骨盤はサラダボール状(お椀)の形態に進化しました。つまり、しっかりとした骨で囲ってしまった訳ですが、サラダボールの底は排便、排尿のために、骨ではなく筋肉群(骨盤底筋群)で覆われています。

 

特に女性は出産のための産道を確保する必要があるため、男性とは骨盤の形が異なります。男性はハート型で、女性は楕円型に進化しました。女性の骨盤は出産時には緩みますが、容量は300~400ccで、これ以上大きくなると二足歩行に支障がでるといわれています。

[図表]四足動物の骨盤と人間の骨盤の形状

脳の進化…原人からヒトになる過程で、次第に巨大化

人は約700万年前にチンパンジーと共通の祖先から別れて類人猿が出現し、400万年前の猿人、200万年前の原人、100万年前の旧人、50年前の新人(ホモサピエンス:人)と進化してきましたが、それに伴い、成人の脳容量も400cc、600~1000cc、1300cc、そして人では1450ccにまで巨大化しています。脳をたくさん使ってきた結果ですね!

 

一方、生まれたての赤ちゃんの脳容量を比較してみると、猿人が「大人の50%相当」の200cc、人間では「大人の25%相当」の350ccと巨大化しています。しかし、類人猿と比較すれば、人間の赤ちゃんの脳は十分に発達せずに生まれてきたことがわかります。

 

仮に、類人猿並みに人間の赤ちゃんが「成人の50%」までにお腹の中で発達すれば700ccとなります。また、歩行可能になるまでお腹に滞在すれば、赤ちゃんの脳容量は900cc(1歳児の脳容量)にまで巨大化します。いずれにしても骨盤の容量(300~400cc)をはるかに超過することになります。

 

つまり、「母親の骨盤の大きさ」と「赤ちゃんの脳の大きさ」のジレンマ(板挟み)で出産の関係を説明したのが産科ジレンマ説です。

 

◆産科ジレンマ説

赤ちゃんの頭に合わせて骨盤を大きくすれば、二足歩行が困難になります。でも、歩行できるまで妊娠期間を長くすれば、赤ちゃんの頭が大きすぎて骨盤の産道が通れなくなります。

 

そこで、折衷案として「赤ちゃんの頭が骨盤の大きさまで成長すると、発育の途中であるが出産するようになった」と考える学説です。つまり出産は「赤ちゃんの脳を守るために、狭い骨盤から脱出させた!」わけですね。

 

◆EGG(エネルギー、妊娠、成長)説

しかし、近年の研究では、「出産は大きくなりすぎた赤ちゃんに対して、お母さんの育児エネルギーが不足したためである」とする新たな学説が出ています。

 

骨盤の大きさとは関係なく、赤ちゃんを体内で育てるには大変なエネルギーを要するため、お母さんの作り出すエネルギーの限界点が出産のタイミングだとする考え方です。つまり「母体を守るため、赤ちゃんを切り離した」ともいえます。

 

いずれにしても、赤ちゃんの脳の進化に対して、骨盤の大きさもエネルギー供給量も追いつかないので、成長の途中で出産せざるを得なくなり、「骨格の成長も未熟となったため、赤ちゃんは歩けない」ことになります。

出産という自然摂理への近代医療の介入は「両刃の剣」

」こうした自然摂理に沿って出産は進化してきましたが、近代医療は帝王切開術、無痛分娩、早期出産等などによって出産に介入しています。

 

これは社会的要求に応えた結果ですが、出産への近代医療の介入は、出産の仕組みを根本から変える劇的な変化を与えると思われます。

 

★今日の教訓★ 

近代医療の介入は両刃の剣です。はたして「種の保存」に対し、いかなる進化、あるいは退化をもたらすのでしょうか。しっかり見守っていきましょう。

三上 浩
医療法人 医仁会
高松ひざ関節症専門クリニック 院長

 

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