「猫はパンチできるのに、犬がパンチできないのはなぜ?」…ベテラン整形外科医が〈骨格構造のふしぎ〉を解説

「猫はパンチできるのに、犬がパンチできないのはなぜ?」…ベテラン整形外科医が〈骨格構造のふしぎ〉を解説

人間も動物も、その身体構造の無駄のなさ・機能の高さには驚くべきものがありますが、一般の方々の場合、組織のひとつひとつに注意を払うことはないかもしれません。また、部位によっては「コレは一体なんのためにあるのか?」「果たして役に立っているのか?」と、疑問に思うこともあるでしょう。しかし、医学的見地から見ると、すべてのものに非常に重要な機能や意味が秘められています。ベテラン整形外科医がご説明します。

鎖骨と肩甲骨が「腕の挙上」を可能にするよう進化した

では、なぜ、鎖骨には自由度が必要なのでしょうか?

 

四足動物の前足は脊椎に対して90度屈曲していますが、直立二足歩行に進化した人類の腕(前足に相当)は、脊椎に対して0度が基本姿勢です。従って、腕は約90度までは簡単に前方に屈曲できますが、それ以上の屈曲は本来ありません。

 

納得していただくために、簡単な実験をしてみましょう。

 

左手で右肩を抑えて右腕を前方に挙上してください。右肩は90度以上屈曲することができないことがわかります。つまり、腕のみの運動域は90度前後ですが、高い所にある果物を取ったりする生活環境に適応するため、鎖骨と肩甲骨が腕の挙上を可能にするように進化したわけです(肩甲骨は鎖骨と腕を結ぶ重要な骨です)。

 

では、どのように進化したのでしょうか?

鎖骨と肩甲骨は「広義の肩関節」

皆さん、鎖骨が捻じれると聞いて、驚いている方もいらっしゃると思います。関節には前後、上下の運動以外に捩じる(回旋)運動がありますが、特に腕の挙上には鎖骨の回旋が重要になります。

 

鎖骨が回旋することにより、連結した肩甲骨も回旋し、さらには肩甲骨と連結した上腕骨も回旋するわけです。

 

つまり、上腕骨の90度以上の挙上は鎖骨と肩甲骨の回旋によっておこなわれ、肩鎖関節で30度、胸鎖関節では50度回旋するといわれています。90+30+50=170度の挙上が可能となるわけです。

 

回旋には円板状軟骨の存在が有効であり、また鎖骨が棒状でなくS字状なのも、回旋効率を上げるためです。従って、鎖骨と肩甲骨は、広義の肩関節といえます。

猫パンチができるのも、鎖骨があればこそ

腕の重要な機能として、物を挟む、掴む、抱く動作があります。この動作を安定しておこなうためには上腕骨の支点となる肩甲骨の安定が必要であり、これを支持する鎖骨は腕機能の土台、もしくは足場といえます。

 

つまり、鎖骨があれば木に登ったり、クルミ等を両手で保持して器用に食べたりすることが可能になります。具体的には猫、ウサギ、ハムスターなどがよい例です(猫は猫パンチも可能です)。一方、四足動物でも歩行に特化し、前足が器用でない動物、たとえば犬、牛、馬、象、ライオン、チーターなどは鎖骨が退化したようです。

整形外科医が教える「鎖骨の不思議」

①鎖骨は、折れても「仮骨の過程なし」で直接骨が修復される

 

通常、骨が折れると、いったん軟骨性成分による仮骨で修復され、それから骨が形成されますが、鎖骨は仮骨の過程なしに直接的に骨で修復される特殊な骨です(頭蓋骨、下顎骨なども仲間です)。

 

従って、鎖骨骨折に対しては、手術よりもギプスなどの保存療法がよいとされていましたが、近年では変形治癒防止と早期機能回復を目的に、手術が第一選択されるようになりました。

 

余談ですが、「鎖骨骨折すると胸郭による風の抵抗が少なくなる」と競輪選手がいっていたのを思い出しました。

 

②たくさんある骨のなかで、鎖骨は一番最後(25歳頃)に成人骨になる

 

詳細は不詳ですが、順番があるには必然性があるわけで、恐らく二足歩行によって進化した胸郭、肩甲骨、腕などを上手く連結するために、最後に進化したのが鎖骨ではないかと、筆者は勝手に推測しています。

 

★今日の教訓★ 

「たかが鎖骨! されど鎖骨!」

身体には無駄な組織、臓器はなく、いずれも重要な機能を担っている。

 

 

三上 浩
医療法人 医仁会
高松ひざ関節症専門クリニック 院長

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