エンディングノートに綴られていた「家族への思い」
このエンディングノートに関しては、私が過去に関わった相続案件で今でも大変、心に残るとても思い出深いエピソードがあります。
被相続人は鎌倉市の閑静な住宅地にお住まいの方で、エンディングノートがまだ知られていない頃から、日記のような形でご自身の思いを綴られていました。そこには、子供の将来を思う気持ちや、遺影として使ってもらいたい写真などについて詳細に書かれていました。
自分の人生を振り返りながら感じた様々な思いも綴られていました。10代の頃については戦争に関する記述が多く、また大学への特別な思いも長々と記されていました。ご本人は有名なT大学を卒業されていたのですが、本当はK大学に行きたかったという思いも綴られており、それを読んで「ああ、そういうことだったのか」とお子さん方は大変驚かれていました。
お子さんたちは父親に勧められて、全員K大学に進学し、卒業されていたのです。被相続人は子供たちを通して、自分が果たせなかった夢を実現していたのかもしれません。
家族への思いとしては、長男の人生を一方的に決めすぎたことへの悔恨の念が記されていたのが印象的でした。自分と同じ仕事の道を歩ませようとした長男が、結局、途中で別の道に進んでいったことも記されていました。
また、何よりも家族が集まって同じテーブルでご飯を食べるのが嬉しくて仕方がなかったということも―。
思いが伝わった結果、遺言書に異議を述べた者はなし
被相続人が、このようなエンディングノートを残したそもそもの動機は、先に亡くなられた奥様の相続の時に、子供たちが相続財産の配分をめぐって激しくもめたことにあったようです。長男は被相続人である父親と一緒に暮らしていたのですが、それ以外の子供たちが、それまでは滅多に実家に顔を出すこともなかったのに、母親の死後、遺産分けのことを気にかけて、やたらと訪れるようになったことも書かれていました。
そのようなこともあって、「子供たちにはいつまでも兄弟仲良くしてほしい。自分が亡くなった時には相続争いをしてほしくない」という思いが生じ、遺言書に書けなかった気持ちを込め、時間をかけてそのノートを作成し続けたようでした。
遺言書の付言事項には「兄弟仲良く」という内容しか書かれていませんでしたが、エンディングノートとあわせて読めば、父親の気持ちは痛いほど子供たちに伝わる内容となっていました。
結果として、兄弟の中で遺言書の中身に対して異議を述べた者は一人もいませんでした。振り返れば、故人の思いがこもったエンディングノートのメッセージが、家族のあるべき姿に導いてくれたと今でも確信しています。