前回は、「最後の思い」を伝えるために活用したい遺言書の付言事項について見てきました。今回は、遺言書の付言事項に「激しい恨みつらみ」を記した事例を紹介します。

夫に遺産を一切相続させたくないAさん

また、実際に、激しい恨みつらみを書き綴った付言事項の例として、強烈に記憶に残っているものがあります。Aさんという女性が夫に残した遺言書のケースでした。

 

Aさんは真面目に一つの会社を勤め上げた方でしたが、親から引き継いだ遺産とあわせて相当の資産を所有していました。実は、その中から、事業をしている夫の親に頼み込まれた末、数千万円を貸し出していました。ところが、夫の親は結局会社を倒産させ、借りたお金をAさんに返済しないまま亡くなってしまいました。

 

その借金については、夫の兄弟も連帯保証人になっていました。親の会社が倒産したとしても、連帯保証人である夫の兄弟には返済義務があるのですが、借金については素知らぬふりをして、親の死後、何事もなかったような様子で債権放棄の合意を求めて接してきたそうです。

 

会社の整理に伴い、夫とその兄弟に何度も懇願されたことから、結局Aさんは、その合意書に無理やり署名押印させられ、貸したお金をあきらめたそうです。

 

このような夫側の親族の無責任で他人事のような白々しい態度に不満と怒り、嫌悪の情を持ったAさんは、「このままでは死にきれない」と弁護士事務所を訪れたそうです。

 

その女性の願いとは、もしも夫より先に自分が亡くなった場合、夫にこれ以上自分の財産が渡らないようにしておくことでした。前述のように、Aさんが親から相続した遺産の多くがすでに実質的には夫とその親族に使われていた状態になっていたのです。

 

そもそも、Aさんは、自分の親から相続した財産は一時的に自分が預かっているにすぎず、次世代に承継していくものとお考えで、万が一の場合、これ以上、自分自身の「家」のお金が、夫の側に渡ってしまうのは許せないという思いがあったそうです。

 

そこでAさんは、自分が夫より先に亡くなった場合は財産のほとんどすべてを自分の子供と自分の親の姉の子供、つまりは叔母の子供に相続させることを可能とする内容の遺言を残すことを望んでいました。「叔母の子供に……」という理由は、かつて叔母がAさんの母親の世話をしてくれたため、それに少しでも報いたいという思いがあったようです。

 

一方、夫に対しては、一切の財産を相続させないという意向でした。

付言事項に「思い」を記し、遺留分請求の阻止を図る

もちろん、夫には遺留分がありますので、このような遺言を残したとしても、請求する権利があります。そこで、付言事項は、夫が遺留分の権利を行使する可能性にも配慮して次のような文面にしたそうです。

 

「あなたは私が私の実家から預かった大切なお金を無駄にしてしまいました。あなたたちのご兄弟がそれを忘れて、何事もなかったかのように生活を送っていることは、私にとって許せないことです。本来であれば、私に返すべきお金を返しもしないで……。結論として、私があなたより先に亡くなったら、あなたには私の財産は一切相続させません。もし遺留分減殺請求を私達の長男に行使したら、死んでも私はあなたを軽蔑します」

 

一方、叔母に対しては、心からの感謝の思いが綴られていました。

 

夫は、このAさんになぜこれほどまでの恨みを抱かせてしまったのでしょうか。もしかすると、夫が妻であるAさんに対して感謝の気持ちを少しも示そうとしなかったからなのかもしれません。

 

夫はまず一言、「お前のおかげで本当に助かった。ありがとう」と言って頭を下げればよかったのでしょう。さらに、家を継いでいる兄弟には、父の借りたお金を妻に対して代わりに返済するように働きかける姿勢を見せることも必要だったのでしょう。

 

結局、夫の不誠実な態度に対し、先のような付言事項を女性に書かせることになったのだと思います。2年後にご主人が亡くなってしまったそうで、Aさんは今、長男夫妻と同居して、のんびりと過ごされているとのことでした。

本連載は、2014年3月20日刊行の書籍『相続争いは遺言書で防ぎなさい』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

相続争いは遺言書で防ぎなさい

相続争いは遺言書で防ぎなさい

大坪 正典

幻冬舎メディアコンサルティング

相続をきっかけに家族がバラバラになり、互いに憎しみ合い、ののしり合う──。 故人が遺言書を用意していない、あるいはその内容が不十分であったために、相続に関するトラブルが起こってしまうケースは数多く存在していま…

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