1970年に「生命科学」という分野の創出に関与し、早稲田大学、大阪大学で教鞭をとった理学博士の中村桂子氏。生物を知るには構造や機能を解明するだけでなく、その歴史と関係を調べる必要があるとして「生命誌」という新分野を創りました。そして、「歴史的文脈」「文明との相互関係」も見つめ、科学の枠に収まらない知見で生命を広く総合的に論じてきました。科学者である彼女が、年齢を重ねた今こそ正面から向き合える「人間はどういう生き物か」「人として生きるとは」への答えを、著書『老いを愛づる』(中公新書ラクレ)として発表。自身が敬愛する各界の著名人たちの名言を交えつつ、穏やかに語りかける本書から、現代人の明日へのヒントとなり得る言葉を紹介します。
誰もが「質素」に暮らせば社会から「貧しさ」が消える
ムヒカさんはここで「質素」の意味を示します。「やたらにものを欲しがるのではなく、皆の幸せを考えて、質素を楽しんでいるんですよ、私は」と。そして、「皆さんもそうしませんか。そうすれば必要なものが手に入らない貧しさから抜け出せる人が増え、地球も美しい星になるでしょう」と誇ります。
「質素」と改めて書いてみると、何かとても魅力的に見えます。私が愛用している辞書『新明解国語辞典』にこうありました。「(いざという時の入費に備えたり、困難にうちかつ精神を養ったりなどするために)むだを省き、簡素な生活を方針とする様子」。
精神の養いまで含まれるんだと感心しながら、「質素が好きなんです」と言って、休日には農作業に励む大統領の姿を思い浮かべました。
皆がこのように暮らし始めたら、社会から「貧しさ」が消えて、地球も緑豊かな星となり、人間も他の生きものたちも気持ちよく生きられるようになるのではないでしょうか。セヴァンさん、グレタさんの笑顔が見られそうです。
改めて書きます。貧乏でなく質素です。ムヒカ大統領と同じところまではちょっと無理かなと思いますが、私も同じ世代ですから基本は質素です。
中村桂子
JT生命誌研究館 名誉館長
理学博士
JT生命誌研究館
名誉館長
1936年東京生まれ。JT生命誌研究館名誉館長。理学博士。東京大学大学院生物化学科修了。国立予防衛生研究所をへて、71年三菱化成生命科学研究所に入り、日本における「生命科学」創出に関わる。しだいに生物を分子の機械ととらえ、その構造と機能の解明に終始することになった生命科学に疑問をもち、独自の「生命誌」を構想。1993年「JT生命誌研究館」設立に携わる。早稲田大学教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。『生命誌とは何か』(講談社)『生命科学者ノート』(岩波書店)『自己創出する生命』(ちくま学芸文庫)『中村桂子コレクション・いのち愛づる生命誌(全8巻)』(藤原書店)など著書多数。
著者プロフィール詳細
連載記事一覧
連載「生命科学」の第一人者が、「老い」の愛し方を伝授!