(※写真はイメージです/PIXTA)

1970年に「生命科学」という分野の創出に関与し、早稲田大学、大阪大学で教鞭をとった理学博士の中村桂子氏。生物を知るには構造や機能を解明するだけでなく、その歴史と関係を調べる必要があるとして「生命誌」という新分野を創りました。そして、「歴史的文脈」「文明との相互関係」も見つめ、科学の枠に収まらない知見で生命を広く総合的に論じてきました。科学者である彼女が、年齢を重ねた今こそ正面から向き合える「人間はどういう生き物か」「人として生きるとは」への答えを、著書『老いを愛づる』(中公新書ラクレ)として発表。自身が敬愛する各界の著名人たちの名言を交えつつ、穏やかに語りかける本書から、現代人の明日へのヒントとなり得る言葉を紹介します。

「勉強すれば、戦争はやってはいけないことがわかる」

先生はお別れをして戦争に行ったのではないか。太宰の文にはそう書かれています。戦場におもむく若い先生が子どもたちに残した言葉だと思って読むと、ここに書かれた言葉の一つ一つが心に響きます。

 

そして、今私が「勉強は何の役に立つの」と聞かれたら、「きちんと勉強すれば戦争は本当にバカバカしいことだ、決してやってはいけないということがわかるはずだと思うの」と答えようと思います。

 

この章は孫の世代を思いながら書きました。子ども世代とはある程度、時代を共有しています。戦争を本当に体験したのは私の親の世代であり、私は戦場は知りません。でも小さい子どもとして戦争が日常生活をどれだけ壊すかということは身に泌みています。

 

私の子どもの世代の日常に戦争はありません。沖縄に暮らしていたら違うでしょうが、困ったことにそれ以外の場で暮らしていると実感は難しいのです。同じ日本で生きているのに、このような事態になっているのを放っておいてはいけませんね。

 

世界を見れば争いは絶えません。本格的な国と国との戦争は事実上もうできないでしょうが、それで戦争がなくなるかといえばそうではありません。

 

内戦は身近な人との戦いであるだけに、より厳しいものとなり、辛いです。戦争については考えなければなりませんし、その時、太平洋戦争での私たちの体験はやはり若い人たちに語らなければいけないと、とくにこの頃強く感じます。

 

子どもでしたから小さな体験ですが、その時の私と同じ年齢の子どもに伝えるのはとくに大事と思えます。

 

最近は、新型コロナウイルスのパンデミック、異常気象など、人間同士の戦いではありませんが、私たちの生き方に関わる難しい問題に向き合わなければならなくなりました。

 

これをウイルスの撲滅とか自然の征服というように戦いと受け止めている人がいますが、自然は私たちを含んでいるものであり戦う相手ではありません。その中で上手に生きる方法を探さなければならないのです。

 

ここにも今よりは自然と接することの多かった私たちの世代の体験を伝える役割があるように思います。小さな人たちの未来が幸せであるように願いながら、私たちが小さかった頃の体験を話してあげることは大切です。

 

できれば樹かげや日だまりでゆっくりお話ししたいですね。

 

 

中村 桂子

理学博士

JT生命誌研究館 名誉館長

 

本連載は、中村桂子氏の著書『老いを愛づる』(中公新書ラクレ)から一部を抜粋し、再構成したものです。

老いを愛づる

老いを愛づる

中村 桂子

中公新書ラクレ

白髪を染めるのをやめてみた。庭掃除もほどほどに。大谷翔平君や藤井聡君にときめく――自然体で暮らせば、年をとるのも悪くない。人間も生きものだから、自然の摂理に素直になろう。ただ気掛かりなのは、環境、感染症、戦争、…

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