「協調性」や「学力」を重視し、紋切り型の人材育成を目的とした戦後教育をいまだ色濃く引き継ぐ、現代日本の教育現場。社会に出てから必要な「独創性」や「問題解決能力」、「知識の運用」などの礎となる「主体性」の育成に重きを置かれない教育は、毎年新社会人が送り出されている社会全体にどのように影響を与えているでしょうか。世界中で多様な教育現場を視察し、独自に編み出した教育ビジネス構想を実現させるため、2015年にソニーグループ初の教育事業会社・株式会社ソニー・グローバルエデュケーション(SGE)を設立。現在同企業の取締役会長を務める礒津政明氏による著書『2040 教育のミライ』から、現代日本における教育の問題点とその改善策について解説します。
「読解力」に課題も「数学的リテラシー」は高得点
これまでお話しした通り、日本型教育の歪みはさまざまなところで綻びとなって表れてきています。それでも日本の学校がなかなか変わらないのは、「教育の成果は学力でのみ評価されるべき」という考え方が、保守的な教育関係者の間で盲信されているためです。
学力は一つのわかりやすい指標ではあるものの、唯一絶対のものではないはずです。
改革派と保守派がどれだけ議論しても話がかみ合わないのは、この前提のところで認識の分断があるからです。
特に保守派が重んじるのが、3年に一度行われるOECDのPISA(国際学習到達度テスト)の結果です。
日本の知識詰め込み型教育の行き過ぎを是正しようとカリキュラムを3割削減した、いわゆる「ゆとり教育」は、PISAの点数が下がったことが理由で中止されてしまいました(ゆとり教育により授業時間が減っているため、テストの点数だけを見れば多少の学力低下は仕方ないことです。
しかし、詰め込みの知識ではなく、思考力を身につけることがゆとり教育の目標だったという点で、PISAの「読解力」では、ゆとり教育世代の方が脱ゆとり教育世代よりも高い結果が出ています。また、PISAで日本よりも上位に位置するフィンランドでは授業時間が日本よりもかなり少なく、ゆとり教育に近い内容です。
このことからも、「ゆとり教育」が失敗だったとは必ずしも言えない状況で、専門家の間でも常に意見が分かれています)。
最新の2018年の結果も、「読解力」の低下(8位から15位)は課題として挙げられましたが、「数学的リテラシー」(6位)や「科学的リテラシー」(5位)などはOECD平均を大きく上回っているため、教育としてそこそこ成功しているとみなされてしまっています。
しかし、それは成功の定義を履き違えていると言わざるを得ません。教育の本来の目的が「社会に貢献できる人材を育成すること」であるならば、当然、国力や経済力も教育の成果と言えるはずです。
そして、その経済力の視点でいまの日本を眺めると、日本はもはや一流国ではないことは明らかです。そしてそれは、少子化だけが原因ではないのです。
株式会社ソニー・グローバルエデュケーション
取締役会長
教育フューチャリスト
1975年、千葉県銚子市生まれ。
幼少よりコンピュータとプログラミングに親しみ、小学生の頃から数学、科学、電子工作、市場経済について独自の視点で探究する。同時に、銀行員から鮮魚店経営に転身し、趣味の油絵、水彩画、短歌、書道で全国紙にたびたび掲載される腕前だった父から商売の基本とデザインセンスを学ぶ。
2000年東京工業大学大学院修了後、ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)入社。ソフトウェアエンジニアとして、ソフトウェア・ネットワーク・ウェブ関連の研究開発に携わる。2012年、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)に異動、新規事業育成に従事。
教育分野における独自のビジネス構想を実現させるため、2015年、ソニーグループ初の教育事業会社・株式会社ソニー・グローバルエデュケーション(SGE)を設立、代表取締役社長に就任。2022年6月より現職。ロボット・プログラミング学習キット「KOOV®」や体験型プログラミング教材「PROC™」などを展開しつつ、技術と思想面から教育分野にイノベーションを起こすべく邁進している。
ほかにもZ会奨学金選考委員、株式会社銚子電気鉄道 社外取締役などを務める。2019年に発売された『5分で思考力ドリル』(ソニー・グローバルエデュケーション著・学研)シリーズは、累計26万部発行のベストセラー。
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