後追いすることなく「自立の道」を選択
最終的にグリコが採用したのは他社の伸縮可能な2段式ストローですが、当時、2段式ストローは国内で3社しか作っておらず、製造方法は社外秘です。もし作るとしたら、一から製造機械を開発する必要があり、設備費を含む開発コストは数億円以上になります。当時のシバセ工業には2段式ストローを新規開発できる技術も資金もありませんでした。
しかも、仮に自力で2段式ストローが作れたとしても競合3社と戦うことになり、価格競争が起きることは目に見えています。そう考えると、2段式ストローの開発は諦めるしかありませんでした。その結果、グリコは他社のストローを採用し、シバセ工業には自立を促すこととなったのです。
シバセ工業に残された選択肢は、既存の技術と設備で窮地を脱出することだけでした。シバセ工業にとっての幸運は、グリコ向けの製品の他社への切り替えに時間の猶予があったこと。そしてグリコから「自立してください」という親心を早い段階で聞けたことです。
下請け企業のなかには、突然親会社から仕事を取り上げられて途方に暮れるところもありますが、仕事を取り上げる前にある程度の時間を与えられて、はっきりと「自立しなさい」といってくれれば、下請け企業もそれに向けて動きだすことができます。
磯田氏は、グリコからの「自立してください」を厳しくもありがたい親心と受け取って、それ以後グリコに対する営業活動は一切しなかったそうです。
先行きが見えない状況で、当時工場長ながらも社長代行を務めていた磯田氏は、まず経営資源の整理に取り掛かりました。手札を確認して、シバセ工業が生き残っていくための方法を考えることにしたのです。
企業に収益をもたらすのは、企業が持つ経営資源です。経営資源はヒト・モノ・カネ・情報のことで、これらは外部からの調達しやすさの度合いによって「可変的資源」と「固定的資源」に分けられます。
可変的資源は市場から調達することが容易な人材やお金などのことで、固定的資源は自分たちしか持っていない、企業の強みとして有効活用できる資源(自社で作った設備・コネクション・情報・会社で蓄積してきた技術・ブランド力・顧客・取引先・金融機関からの信用など)のことです。
打開策を模索するなかで、磯田氏が着目したのはストローの技術でした。
そもそもストローはどうやって作るかというと、ポリプロピレンというプラスチックの原料を溶かして押出機で金型から筒状に押し出します。中が空洞の状態になって押し出された1本の長いストローは、水槽内の水で冷やされ固まります。これを切断機に通して、カッターで指定の長さに切断します。
飲料用ストローの一般的な直径は6mmであり、直径が0.1mm違ったとしても用途である飲料を吸い上げる目的に影響はありません。ストローの製造機械は、一般的な口径6mm、長さ21㎝の標準ストローを高速で大量に作れるような設備になっています。飲料用のストローは、1回きりの使い捨ての使用になるため、いかに薄く作って使用する材料を少なくするか、大量に作って安くするかがポイントになります。
また、ストローには曲がるストローまたはフレックスストローと呼ばれるジャバラの機構があります。ストローのジャバラは特殊なもので細いストローの外側と内側から金型で山と谷の折り目を付けることで折り目に沿って折り曲げるとジャバラが出来上がります。
しかしストローは平面ではないので、金型で型を付けるにしても外側の金型である外ダイスとストローの中へ入る中ダイスをストローに押し付けながら高速で回転させることで、折り目を付けます。このときストローの直径が重要で、金型は寸法が決まっているのでそれに合わせてストローの直径を調節しますが、直径が0.1mmでも違ってくると不良品が多発します。
そこで、ジャバラを製造するためにはストローの直径を0.05mm単位の精度で作らなければなりません。フレックスストローを作っているストローメーカーはほとんどないので、フレックスストローを作ることが、ストローの直径を精度よく作る技術向上につながっています。
また品質管理についてもグリコとの長年の取引を通じて鍛えられたことで、工場環境や検査レベル、社員の品質に対する考え方などが武器となってきます。
問屋や商社といった販売店とだけの取引では、製品品質に対する技術指導ができないため品質の向上につながりません。また中小企業が自社だけで改善していくには限度があり、この差により、シバセ工業と同業他社との間には技術力の違いが生まれていたのです。
磯田氏は、これらの経営資源が新規顧客の開拓にも活かせるはずだと考えました。
井上 善海
法政大学 教授
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