日本政府も購入したコロナ治療薬「モルヌピラビル」…効果や副作用は?いつから使える?【医師が解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

イギリスは11月4日、米メルク社製のコロナ治療薬「モルヌピラビル」の承認を発表した。コロナ治療薬において、「飲み薬」の承認はこれが世界初である。日本政府も米メルク社と契約し、すでに約160万回の治療分を確保した。ただし国内で実用化されるには、まず厚生労働省の薬事承認を経なくてはいけない。モルヌピラビルにはどのような効果や副作用があるのか。国内で実際に提供されるのはいつ頃になりそうか。モルヌピラビル以外のコロナ治療薬の開発状況はどうなっているのか。今冬にコロナ第6波が到来すると言われる中、注目のトピックを見ていこう。

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変異株にも有効…コロナ治療薬・モルヌプラビルの実力

11月12日、政府は米メルク社とコロナ治療薬モルヌプラビルの提供について、契約を締結したと発表した。合計160万回治療コース分、年内に20万回が供給されるという。もちろん、この程度では冬の流行に足りない。ただ、これは岸田政権の「ファインプレー」だ。本稿では、モルヌピラビルの臨床的意義、およびモルヌピラビル確保を巡る国内外の動きをご紹介したい。

 

事態が動いたのは10月1日だ。メルク社が、軽症から中等症のコロナ患者を対象としたモルヌピラビルの第3相臨床試験の中間解析の結果を発表した。この試験でのモルヌピラビル投与群の死亡率は7.3%(385例中28例)、プラセボ群の14.1%(377例中53例)と比較して、死亡のリスクを48%低下させた。

 

注目すべきは、プラセボ群の死亡率が14.1%と高いことだ。メルク社は「軽症から中等症」と説明しているが、登録された患者の多くが重症に近い中等症であったことになる。新薬が承認されるためには、その安全性と有効性を明確に示さなければならない。米国を代表するメルク社は、このあたりノウハウがあるのだろう。適切な登録患者を選択することで、有効性を明確に証明した。

 

この臨床試験が見事なのは、高齢者や持病を有する人などに限定した様々なサブグループ解析でも有効性が示されていることだ。なかでも注目すべきは、デルタ株・ガンマ株・ミュー株などの変異株に対しても有効だったことだ。変異株はスパイク(S)蛋白質に変異が蓄積し、RNAポリメラーゼ阻害剤であるモルヌピラビルの効果には影響しないはずだが、この臨床試験では、改めて、そのことを証明した。現在、世界で流行中のデルタ株対策に有望な結果だ。

 

有効性と同時に、新薬の評価で重視されるのは安全性だ。この点についても、有望な結果が得られている。今回の臨床試験では、治療薬と因果関係があるとされた有害事象はモルヌピラビル群で12%で、プラセボ群の11%と大差なかった。治療薬の中止が必要となった有害事象に至っては、モルヌピラビル群で1.3%で、プラセボ群の3.4%より低かった。長期的な安全性については、いまだ十分な情報がないが、短期的には安全といってよさそうだ。

 

この臨床試験の結果を基にメルク社は米食品医薬品局(FDA)に対して、モルヌピラビルの緊急使用許可(EUA)を申請した。この臨床試験は国際共同で実施され、日本からも国立国際医療研究センターなど3施設が参加している。このあたり、国際共同臨床試験に参加できず、日本独自の臨床試験を行ったファイザー社製のmRNAワクチンとは違う。メルクの日本法人であるMSD社は厚労省に特例承認を申請中だ。

「予防のため投与」も可能…「飲み薬」ならではの利点

では、メルク以外の治療薬の開発状況はどうなっているだろう。実は、軽症から中等症を対象にして、すでにいくつかの薬剤が承認され、我が国でも利用可能だ。その中には、米リジェネロン社とスイスのロシュが開発し、中外製薬が販売する抗体カクテル療法ロナプリーブや、英グラクソ・スミスクラインが開発したソトロビマブが含まれる。

 

これらの薬剤の「切れ味」は鋭い。ロナプリーブの場合、第三相臨床試験で死亡あるいは入院が70%減少したし、ソトロビマブに至っては、その効果は79%だった。この点でモルヌピラビルは見劣りする。

 

しかしながら、ロナプリーブやソトロビマブには欠点がある。それは注射剤であることだ。取り扱うことができる医療機関は限定され、多くの患者はその恩恵を蒙ることができない。一方、モルヌピラビルは飲み薬だ。服用は容易だ。

 

飲み薬は、患者の治療以外にも、様々な利用法がある。たとえば、予防投与だ。塩野義製薬が販売するインフルエンザ感染症治療薬ゾフルーザは、2020年11月、感染者の家族に対する予防投与が米FDAに承認されている。9月、メルクは感染者と同居する家族に対する予防投与の臨床試験も開始している。感染者数の急減もあり、臨床試験への進行は順調ではないようだが、今冬の流行で患者組み込みを終え、有効性が証明できれば、来春には利用できるようになるだろう。予防投与は、経口薬だからこそ実行可能だ。モルヌピラビルの開発に成功した意義は大きい。

 

コロナ経口治療薬の開発に挑むのは、メルクだけではない。メルク以外にもスイスのロシュ、米ファイザー、日本の塩野義製薬などが開発の最終段階にある。ファイザーと塩野義製薬は3CLプロテアーゼを阻害する化合物を開発しており、多くの専門家は、RNAポリメラーゼ阻害剤に分類されるメルクやロシュの化合物より、有望だと考えている。現に11月5日、ファイザーは開発中のパクスロビドが、軽症~中等症の患者を対象とした臨床試験で、入院や死亡を89%減らしたと発表した。同社は11月25日までに、米食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可(EUA)を申請する予定だ。

 

コロナ流行当初から、世界中の研究者が3CLプロテアーゼ阻害剤のスクリーニングに力をいれた。2020年3月の米オハイオ大学の研究チームの報告によると、この時点で3,405の化合物が治療薬の候補として研究されたが、このうち2,178(64%)が3CLプロテアーゼ阻害剤だった。このように塩野義製薬が開発中の化合物は前途有望だ。ただ、今冬の流行には間に合いそうにない。現実的に利用可能なのはモルヌピラビルだけだ。

世界各国が「モルヌピラビル獲得競争」に参加

現在、世界各国はモルヌピラビルの争奪戦を繰り広げている。ボトルネックは、メルク社の製造能力だ。メルクは、「リスクをとって(同社HPより)」正式承認前から製造設備に投資しているが、2021年末までに、メルクが提供できるのは約1,000万人治療分にすぎない。2022年度、製造設備を強化しても2,000万人分だ。

 

では、どのような国がモルヌピラビルの確保で先行しているのだろうか。先頭を走るのは、メルク社が本社を置く米国だ。米国政府は初動が早い。前出の第三相臨床試験は昨年10月19日に始まり、当初、今年11月に主要評価を終える予定だったが、米国政府は、6月10日には、モルヌピラビルが承認されれば、170万回治療分を購入する契約を結んでいる。米国政府は、これに加えて、必要な追加購入が可能なオプション契約を結んでいるから、今冬、メルクが生産するモルヌピラビルのかなりの部分が米国で使用されることになる。

 

では、その費用は、どの程度だろうか。米国政府がメルクに支払うのは12億ドルだ。一人あたりの価格は712ドルである。モルヌピラビルの原価は17.74ドルとされるから、この取引だけで、約1,330億円の利益を得ることになる。獲得競争に遅れた国は、この価格以上のカネが求められるのは言うまでもない。メルクは年内に8,000億円以上の利益を得る。コロナ流行で、製薬企業が巨利をあげることについては、米国内でも批判が多い。

 

ただ、国民の命がかかっている以上、各国政府はモルヌピラビルの確保に動かざるをえない。米国に続き、いくつかの国がメルクとの契約を発表している。早いのはアジアで、10月7日、米『ニューヨーク・タイムズ』は「アジア・太平洋諸国がメルクのコロナ治療薬の購入を急速に進めている」という記事を掲載し、オーストラリアが30万治療コース分、マレーシアが15万治療コース分を確保したことを紹介した。この記事には、他にも韓国やシンガポールも契約を締結したことが記されている。

 

なぜ、アジア諸国が急ぐのか。それは、ワクチン確保で苦い経験をしたからだ。このことは、世界でも広く知られているようで、10月17日、米CNNは「ワクチン確保で、アジア太平洋諸国の多くは目標を達成できなかった。今回は、同じ失敗を繰り返していない」と評している。

 

もちろん、他の地域でも確保は進んでいる。10月20日、英国政府はメルクおよび臨床開発を進めているファイザーと契約を締結し、モルヌピラビルについては年内に48万人治療分を確保したことを報じている。

 

では、日本はどうだろうか。当初、獲得競争から大幅に出遅れた。これは厚労省の責任だ。メルクの日本法人であるMSD社は、厚労省に対して早い段階から情報を提供し、契約締結を提案していた。「臨床試験が成功した場合の購入権という日本に有利な条件(厚労省関係者)」だった。ところが、厚労省は動かなかった。彼らが事態の深刻さを知ったのは、「10月1日にメルクが臨床試験の結果を公表してから(前出の厚労省関係者)」だ。MSDとの交渉窓口となった医系技官チームの情報収集能力に問題があったのだろう。

 

岸田政権は、この状態を挽回した。前述のように、11月10日、政府は160万治療コース分を確保したと発表した。年内に20万治療コース分で、米国の約1割だが、「当初の出遅れを挽回し、最終的には日本政府の面子が保てる量が確保できた(政府関係者)」ことになる。これは岸田官邸が、厚労省の担当者を従来の医系技官から、事務系キャリアの宮崎敦文審議官に変更したからだ。担当者が交代して以降、「交渉は一変した(前出の政府関係者)」。繰り返すが、この量では不十分だ。今後も、モルヌピラビルの獲得競争は続く。

「途上国とのモルヌピラビル分配」という難題にも直面

実は、日本には欧米や中国以外にもモルヌピラビル確保の「ライバル」がいる。それはワクチン接種が進んでいない途上国だ。多くの先進国では、最低一回ワクチンを打った人は国民の7割を超えるが、途上国では多くが未接種だ。アフリカの接種率は5%にすぎない。ワクチン未接種でコロナに感染すれば重症化しやすい。このような国の政府が、早期にモルヌピラビルを服用することで死者・重症者を減らしたいと考えるのは、自然なことだ。飲み薬なので、医療体制が整っていない地域でも利用できる。

 

このあたりメルクは抜かりない。4月27日にはインドの大手後発品メーカー5社に対し、ライセンスを供与し、この5社はインドや他の途上国でモルヌピラビルを販売することができる。その後、契約は8社に増え、現在は109の途上国に提供が可能だ。

 

この仕組みについては、世界から高く評価されている。メルクには、2004年に起こった鎮痛剤バイオックスの薬害事件を隠蔽、データを改竄、その後、2万7000件の訴訟で48.5億ドルの和解金を支払うなど、負のイメージもあるが、以前から途上国支援に熱心だった。第二次世界大戦後、日本に無償でストレプトマイシンを提供したり、大村智博士が発見したアベルメクチンからイベルメクチンを開発し、アフリカ諸国に無償供与したのもメルクだ。今回の対応も、このようなメルクの伝統を引き継ぐものだろう。

 

ただ、今回のスキームが、どこまで途上国で機能するかは不明だ。後発品を生産するインド企業は、現時点で生産計画を開示していない。10月17日、『ロイター』は「メルクのコロナ経口薬で格差再燃、低中所得国は確保困難も」という記事を掲載し、国際医療関係者の話として、「低中所得国に十分な量のモルヌピラビルが行き渡るには数が足りないうえ、国際機関側の態勢不備と官僚主義的な手続きに阻まれ供給時期が一段と遅くなりかねない」という意見を紹介している。インド企業を介した途上国への供給システムが機能しなければ、メルクがその任を担うことになる。ますます、モルヌピラビルの需給は逼迫する。

 

これがモルヌピラビル確保を巡る世界の現状だ。今冬、日本は先進国との確保競争だけでなく、途上国とのモルヌピラビルの分配という難しい問題に直面する。その中で、日本はどう振る舞うべきか、いや、どの程度のモルヌピラビルを確保し、どの程度、国際社会に貢献できるか、日本の実力が問われている。

 

 

上 昌広

内科医/医療ガバナンス研究所 理事長

 

 

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内科医
医療ガバナンス研究所理事長 

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。虎の門病院、国立がんセンター中央病院で臨床研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究する。著書に『ヤバい医学部 なぜ最強学部であり続けるのか』(日本評論社)、『病院は東京から破綻する』(朝日新聞出版)など。

著者紹介

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