(写真はイメージです/PIXTA)

本連載は、武者リサーチが2022年5月23日に公開したレポートを転載したものです。

良いインフレ…格差縮小をもたらす賃金上昇が進行中

米国のインフレ情勢を過度に心配する必要がないと考える2つのトレンドを指摘したい。第1のトレンドは、良いインフレが進行しているということである。

 

失業率が3%台と完全雇用状態にある米国の賃金上昇は確かに警戒するべき事柄である。しかし今の賃金上昇は経済成長にとって良い側面があり、スタグフレーションになるような悪い賃金上昇ではないことを強調したい。

 

それは、今回の賃金上昇の3つの特徴から結論づけられる。

 

①トラック運転手など低賃金のマッスルワーク労働者の賃金が上がっているが、高賃金の情報産業、公益産業、金融産業などでは大きく下がっており格差が縮小している(図表6参照)

②企業の求人難が続いているなかで、労働者の自発的離職数が過去最高になっているが、これは労働者が職を選んでいることを示している、つまり労働者のバーゲニングパワーが高まっている(図表7参照)

③求人企業は価格転嫁能力がある企業であり、企業の超過利潤が賃金上昇に転換されることにより、消費が高まり成長率が上昇すると予想される

 

の3つである。

 

図表8、9に見るように2016年ごろより企業の単位労働コストが上昇し、労働分配率も底入れ反転し、その傾向がコロナショック以降も継続しているが、どちらも家計の労働所得を高めるもので、経済全体では大変ポジティブな動きといえる。

 

米国経済の最大の問題は、企業部門や富裕層に超過利潤が蓄積され、それが実需に結び付きにくいことにあるが、それが是正されつつあるのである。

 

なお、2022年の米国の名目経済成長率は10%と、中国を超えると予想され、それ自体が企業利益に好影響を与える。

 

[図表6]米国セクター別実質賃金推移ー非管理労働者(平均時給)
[図表6]米国セクター別実質賃金推移ー非管理労働者(平均時給)

 

[図表7]米国における低労働参加率の下での求人難・離職者増(特に接客/運転手)
[図表7]米国における低労働参加率の下での求人難・離職者増(特に接客/運転手)

 

[図表8]米国単位労働コスト推移/[図表9]米国労働分配率推移
[図表8]米国単位労働コスト推移/[図表9]米国労働分配率推移

米国が強い「インフレ耐性」を備えているワケ

第2のインフレを過度に心配する必要がないと考えるトレンドは、米国の産業的強さとドル高である。

 

米国は高騰している原油と天然ガスの世界最大の産出国かつ純輸出国であり、資源価格の高騰は国全体ではプラス、原油価格上昇は消費者の懐を痛めるが、エネルギー関連企業の収益を大きく押し上げるという構図となっている。同様に高騰している穀物も米国は世界最大の輸出国であり、国全体としてマイナスではない。

 

[図表10]世界最大のエネルギー大国米国
[図表10]世界最大のエネルギー大国米国

 

さらにドル高が米国物価抑制の大きな力になるだろう。今回のインフレの特徴は図表2にみるように、ここ数十年間で初めて財価格主導(特に耐久財)のインフレであることである。

 

これまで米国のインフレはサービスと資産価格に由来するものであり、アパレルやエレクトロニクス製品等財(製造業製品)の価格はデフレが続いた日本と同様に停滞ないしは下落基調にあった。しかし今回のインフレは国際的供給網の混乱により、財の価格上昇が全体をけん引している。

 

4月のCPI前年比上昇率は耐久財14.0%、非耐久財12.8%、サービス5.4%となっている。そして図表11にみるように、米国で消費される財の70%が輸入依存である。ということは、前年比14%上昇しているドル高(図表12)は輸入コストを抑えることで財のインフレを抑える決定打になりえることを示唆している。

 

[図表11]米国の財輸入依存度と輸出比率推移/[図表12]ドルインデックス推移
[図表11]米国の財輸入依存度と輸出比率推移/[図表12]ドルインデックス推移

 

このように考えると、今の米国にとってインフレはスタグフレーションに結び付く悪性のものではないと結論付けられる。むしろ世界経済において米国の優位性をより強めるものになる。

 

以上が米国株のここからの大幅下落が考えられないという理由である。

 

 

武者 陵司

株式会社武者リサーチ

代表
 

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