2025年までに、現行の省エネ基準への適合義務化へ
高橋:次に、具体的な住宅の高性能化に関わる政策ついて、お伺いしたいと思います。4月に建築物省エネ法改正案が国会に提出され、先日衆議院で採決されました。我が国は、先進国のなかで、唯一新築住宅に省エネ基準への適合が義務化されていない国だったわけですが、やっと2025年までに現行省エネ基準への適合が義務付けられることになります。当初、今国会での提出は棚上げされる見通しだったのが、一転して提出されたことに正直なところ驚きました。提出が見送られる見通しだった法案が一転して提出されることになるというのは、非常に珍しいケースだと思います。まず、このいきさつについて、お伺いできますか。
田嶋:私は野党なので、野党の立場からしか申し上げられませんが。ただ、当初今国会で審議されるはずだったのが、政治的な理由で、政府の提出法案を絞ることになり、改正案は棚上げされるといううわさで出てきた。それはまずいと思い、予算委員会で最初にこの件を取り上げたのは私だったと思うんです。
総理にも聞いていてほしかったので、総理もいる前で質問したのですが、斉藤大臣は、そのときはやめるのではなくて、現在検討中ですという答弁だったんです。ところがそこからだんだん情勢は悪くなって「いったいどこで止めているんだ」と、「誰が止めているんだ」と、こういううわさがいろいろ駆け巡り始めた。
そのなかで意識の高い住宅業界の方々や大学の先生方の活動が大きな後押しになった。
高橋:東北芸術工科大学の竹内先生や、東京大学の前先生が中心となった活動ですね。
田嶋:そう。それで、攻防が続いて。もちろん与党のほうにもいろんな働きかけがあったんではないかなというふうに理解をしています。
柿沢:当初、「なんだそれは」と思って、国土交通省の方に来ていただいて、「建築物省エネ法の改正やらないの?」とお伺いしたときに、非常に印象に残ったのは、国土交通省の人たちにとっても、「私たちも断腸の思いなんです」という姿勢だったことですね。
つまり、参議院選挙までの国会日程のなかで、国土交通省として成立させるべき法案を1本どうしても削らなきゃいけないと求められた。リストを見ていたら、これは2025年に義務化する法案だから、秋の臨時国会に回しても間に合うよね、みたいなことで、やむなく1本差し出した。
ただ、国土交通省は、前回、2020年までに義務化することを閣議決定までしておきながらを断念しているという経緯があったので、また先送りするのかっていう怒りが民間有識者の皆さんの活動を盛り上げたっていうことだったわけです。
ただ、私が知っている経過は、国土交通省もそういう「あわよくばこれで法案を潰してしまえ」みたいな悪意があったわけではなくて、たまたま今回は本当にそうなったということだったようです。つまり、審議スケジュールをうまく空けて、今国会の会期中に参議院選挙に影響を及ぼさないかたちで法案成立させることができれば、それならやってもいいよとなったっていうことだと思うんですね。
田嶋:確かに今回は、役所の空気感は相当違った。今回は彼らもじくじたる思いがある感じでしたね。前回の2020年のときは、役所はむしろやらない理屈付けを一生懸命していた感じでした。前回は、どのぐらいで断熱投資をしたらペイできるかという試算も古い数字を使って、いかにも初期投資がなかなか回収できないよっていうストーリーの説明があったり、現場が反対している人が多いとか、そういう理由をいっぱい述べていましたのから。
今回、一緒に活動していた人のなかには、「国交省の最近の姿勢は、この1年間で過去10年分くらいの仕事をした」っていっている人もいたりして、今回は役所の姿勢も劇的に変わったと思いますね。
前回は、抵抗勢力側の現場の声のほうが勝っていたのかなっていう感じがしました。それが今回は、署名活動まで起きて、背中を押す現場の方がすごく増えてきて、前回は狭間に置かれた国交省も安堵して、ここから一気に情勢が変わった感じだと思います。
それでもなお、ヨーロッパとは大きく遅れを取る日本
柿沢:ただ、私が強調しておきたいのは、建築物省エネ法の改正案で、ようやく住宅の断熱性能の最低基準が義務化をされるということになったんですけれども、今度義務化される基準がどのぐらいのレベルかというと、1999年に示された通称「次世代省エネ基準」という古い基準が、今回やっと義務化されるということなんですよね。
1999年ですから、いまから23年前ですよね。それを次世代省エネ基準と称して、「どこが次世代だ」と「旧世代じゃないか」と私はいつもいうんですけれど。この間の二十数年の間に、特にヨーロッパの国々なんかは、どんどん先を進んでいって、非常に高いほぼゼロエネルギーハウスでなければ建てられない。既存の物件も改修して、そのレベルに上げていくっていうことをやっているなかで、日本はようやく何百メートルの後ろのスタートラインに立ちましたっていう状況でしかないわけですよ。
高橋:そうですよね。特に温室効果ガスの削減目標でいうと、国全体の46%削減に対して、家庭部門(住宅)は66%削減になっているわけです。
それぞれの家庭に、「2030年までに、いまの光熱費というか、エネルギーの消費量を66%減らしなさい」っていっても、ほとんどの家庭は、「そんなの無理!」って答えると思います。いまの延長線上ではほぼ無理なわけですから、よほどのことをやらなければ達成は難しい。そのなかで、今回、建築物省エネ法の改正はなんとかなりましたが、2025年からの新築住宅の現行省エネ基準への適合義務化による温室効果ガスの削減量はかなり限定的だと思います。この先がすごく重要だと思うんですが。
柿沢:そのとおりですね。私が与党の立場でいうのもなんですけど、とても悠長なペースなわけです。だから、国土交通省にも資源エネルギー庁にもお伺いすると、「これからかなり高い水準の義務化のレベルの引き上げみたいなことはやっていきますよ」ということはいうんですよね。それは目先のおためごかしでいっているとは思っていなくて、役所もマインドは大きく変わってきているなと感じます。
だから、それを今回、建築物省エネ法が審議されて成立する見通しが立ったっていうことも、皆さんのような方々が声を上げてプッシュしていただいた、そうした動きが非常に大きかったと思います。またこれまでは、どちらかというと、抵抗勢力的なふうにも見られがちだった住団連のような組織が、建築物省エネ法を早く改正して、むしろ準備をできる期間を長く取ってほしいみたいな要望書を出してくださったこと。これで、国土交通省と関わりの深い、族議員みたいな方々も、「業界がそうやって要望しているんだったら」っていって、審議に持っていく方向に動いてくれたっていうのはあるんですね。
そういう意味では、これからレベルアップを急ピッチでやっていく、住宅産業界もそこを一つのビジネスチャンスとして仕事を増やしていく方向に生かしていくっていう、そのベクトルでものを考え始めているということが大切だと思います。これから万人にとっていい方向に社会を動かしていく一つの推進力になるかなって期待はしているんですね。
次回(6/14公開予定)に続く
高橋 彰
住まいるサポート株式会社 代表取締役