(写真はイメージです/PIXTA)

本連載は、武者リサーチが2022年5月2日に公開したレポートを転載したものです。

米国の対日批判と金融界の狭益に屈した「良い円高」論

為替で最も重要なことは、国際分業において自国に有利な産業・雇用を築くことであり、そのために自国通貨を弱くすることが国益に沿うことは、歴史が証明している。

 

自国通貨安を誘導し自国産業の価格競争力を強め輸出を増やすという「近隣窮乏化政策(beggar thy neighbor policy)」が、自国本位の利己的政策として批判されてきたことが、その証拠である。

 

1980年代から2000年頃までの日米貿易摩擦での米国の対日政策の中心は、日本のフリーランチの原因であった円安否定・円高強要であった。

 

米国ではクリントン政権時のルービン財務長官による「強いドルは国益である」という政策がとられたことはあるが、それは基軸通貨国であり対外債務は直ちに通貨発行益(シニョリッジ)に転換するので赤字を心配しなくてもいいという米国固有の事情によるものであり、日本にはまったく当てはまらない。

 

この対日通貨高圧力に呼応して日銀総裁であった速水優氏等「円高は国益」と述べた論客がいたが、それは日本の産業競争力を過信し、対外投資を有利に行いたい金融界の利己的主張を代弁したものであった。本当のところは米国のマインドコントロールの影響を受けていたのかもしれない。

大英帝国没落の元凶、金融界の狭益に屈した通貨高

19世紀のイギリスにおいては、いち早く金本位制を導入し強い通貨を維持し続けたため、あれほど強かった工業競争力がたった数十年でドイツ、アメリカに追い抜かれ、大英帝国の衰弱を招いた。イギリスの通貨政策が巨額の貯蓄余剰を海外投資に振り向けたい金融界の利益に屈服し続けたことの後悔は大きい。

 

レーニンが追随した「帝国主義論」の最初の提唱者である不遇の経済学者J・A・ホブソンは「内需不足による過剰貯蓄が問題だとして消費力の拡充=内需の振興」を主張したが、学会と政治家からは完全に無視された。

 

それが政策化されていれば、通貨高による英国産業の凋落は避けられたであろう。ホブソンの提案の現実化は30年後のケインズの登場まで待たなければならなかった。(拙著「新帝国主義論」2007年東洋経済新報社参照)。

 

また1930年の昭和恐慌時、強い通貨を標榜し旧平価で金解禁をした井上準之助氏の緊縮政策が、経済を破局に導いたことも、通貨高政策弊害の好例である。他方、アジア金融危機やリーマンショック時の通貨安がサムスン電子やSKハイニックスなどのハイテク企業の競争力を大きく引き上げた韓国は、通貨安政策がもたらした成功例と言える。

 

このように見てくると、非難されることなく円安が享受できる環境になったことはまったくもって歓迎するべきことである。

 

 

武者 陵司

株式会社武者リサーチ

代表
 

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