「京ことばには、耳に流れてくる優雅さには似合わない〈毒舌針〉が仕込まれている――」京都在住60年、巧妙かつ恐ろしい言語戦略と、はんなり優雅な物腰が同居する「京都ジン」を見聞きし、体験してきた文筆家の大淵幸治氏が、本格的「京ことば」について解説します。本記事は「あいそないな」「そんなアホな」の意味を探ります。

【そんなアホな】

表題は、基本的に驚いたときや抗議するときに発する、定番のリアクションフレーズといっていい。したがって、文頭もしくは発話の最初に発されることはない。あくまでも副次的に用いられる言い回しである。

 

驚いた場合の台詞としては、英語の「オー・マイ・ガッド!」に近い用い方をされることがある。例えば、道を歩いていて、車がビルの屋上から落ちて来たり、突然地面に穴が空いて、ひとが落ち込むのを見たりしたときなどに発する。

 

まさか空から車が落っこちて来たり、地面に穴が空いたりするなんてことは想像もしないから、「まぁ、なんてことが起こったの!」という感じで用いるとピッタシだ。

 

もういっぽうの抗議する場合の用い方は、例の「喜ばれることに喜びを」というのをモットーにしていた奥さんが、お土産をくれなかった塩尻さんのことを「あいそなしやわ」と貶したのを見て、

 

そんなアホな。あれほど自慢していた「喜ばれることに喜びを」なんていっていたモットーとやらは一体どこに行っちまったんだよ。この大ウソつき――。

 

と、ぼやくのに適している。前者がボケとすれば、後者はツッコミで、この両方に使える超便利な表現だ。使い勝手のよさは抜群で、わたしなんかも大昔にこれを使って難を逃れたことがある。危機回避にとっても役立つフレーズ。ぜひお試しを――。

 

…信じられへんわ

件の奥さんはモノをくれるのはいいのだが、いつぞやなどは賞味期限切れのものを大量に持ってきて処置に困ったことがあった。

 

さすがにこの時は将来的な危険性も考えて、本人にその事実を告白することにしたのだが、ご当人は平然としたもので「そうかー、あれ、まだ食べられるんやけどなー」ということであった。ひとにものをあげるときは、それが本当に「喜ばれるもの」なのかどうかを確かめてからにしたほうがいい。

 

なんでもかんでも、ものをあげさえすればひとは喜ぶというわけではない。

 

おそらく塩尻さんは、彼女の旅行土産が「ありがた迷惑」だったのかもしれないのだ。だからこそ、これまで一度もお返しをしなかった――という可能性も考えられる。

 

まさに「信じられへん」であるが、これが大阪ジンだったなら、「ほな、アンタが味見してから、持ってこんかい」と突っ込むことだろう。

 

高校生のとき、牛乳配達をしている友人がおり、誘われて同行した。

 

その手伝いをした駄賃のつもりなのか一本飲ませてくれた。朝早いとはいえ、夏の盛りのことでもあり、とても美味く感じた。そうして牛乳店に帰り着くと、大将がいて、わたしの顔を見るなり「牛乳、チョロまかしてへんやろな」と一言。

 

そんなアホな――。

 

そうか、そんならエエけどな。

 

咄嗟に出たその一言で、危うく難を逃れた似非京都ジンのわたしだった。

 

 

大淵 幸治

 

 

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※本記事は、大淵幸治氏の著書『本当は怖い 京ことば』(リベラル社)より一部を抜粋・再編集したものです。

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