経済は「放っておけばデフレになる」
生産性上昇がデフレ圧力になるメカニズム
なぜ「消費が美徳」なのかを理解するためには、経済というものは、放っておくと自然にデフレになる性質を持っているという原則を確認することが大事である。
社会が発展すれば技術も向上していくので、生産性が上昇する。すると供給量が増えるので、ものの値段が安くなる。いままでと同じ時間働いて、より多くのものが生産できるようになる。その分、需要が大幅にアップすればよいのだが、同じ程度にとどまったら価格は低下していくというのが、経済学の大原則である。
たとえば、需要が変わらず生産性が2倍になったとすれば、以前が200日/年だった労働時間は100日/年に減少する。残りの100日分の賃金を支払う必要がないから、企業収益が増える。そしてその分、製品価格を値引きできる。こうして価格を引き下げないと企業は競争に勝ち抜くことができない。一方、労働者は余るから賃金の引き下げ競争が起きる。
つまり経済というのは自ずとデフレに向かっていく性質を持っているのだ。
これは単に日本国内だけの問題ではなく、世界は「需要不足のリスク」に直面している。グローバリゼーションとDX革命によって世界は空前の生産性上昇の時代に入り、供給力増加に弾みがついている。
中国・インドなどの農民が近代工場労働者になり、飛躍的な生産性革命が進行している。そのスピードは18〜19世紀の産業革命とは比較にならないほどである。
産業革命時代の工場は、せいぜい蒸気機関程度の装備であったが、今日では電力、半導体などを駆使し、数百倍の能力の機械装備を備えている。空前の技術革新に加えて、全世界で数十億人という壮大な人口の新興国が、驚くほどの速度で生産性を引き上げている。
指数関数的な技術と生産性の上昇を統計は捕捉できない
この生産性上昇の果実は経済統計ではほとんど捕捉できていないので、人々は需要不足とデフレリスクのマグニチュードを軽視してしまう。
たとえば写真撮影や音楽鑑賞は今や完全に無料になり、我々はほんの10年前の何倍、何十倍もの撮影活動や音楽鑑賞を楽しんでいる。しかし写真フィルムと現像の産業、音楽記録版(レコードやCD)と再生機の産業はこの世から消え相当の雇用が失われた。
これを経済統計では経済活動の縮小(=価値創造の減少)ととらえるが、無限大の価格下落を使って実質化すれば、実は巨額の価値創造が起きているとの認識が正しい。そうしたデジタル、ネット、AI化による産業と雇用の破壊(=巨額の目に見えない価値創造)がいたるところで起きている。
筆者の親しい零細調査会社は昨年英文レポートの作成を無料の自動翻訳に切り替え、年間数百万円の翻訳コストを削減したが、それなどは、卑近な例である。
半導体の集積度の高まりを示すムーアの法則は2年で2倍(=10年で32倍、20年で1000倍、30年で33000倍)という指数関数的変化を続けているが、通信伝送容量の高速大容量化も同様に指数関数的進化を遂げている。
このペースでコストが低下しているのであるから、その実用化による生産性の向上は想像を絶するものがあるというべきで、それによってもたらされる便益の増加は計り知れない。
ということは、統計で認識している以上の生産性の上昇(=供給力の増大)とデフレ圧力が、今日の世界経済を覆っているということである。