※写真はイメージです/PIXTA

議論が交わされるとき、そこでは必ず感情のやりとりも行われています。理論で負けそうになったとき「相手をやっつけてやろう」という感情が働くことで、わざわざ相手の言葉を曲解し、それを論拠にありえない理論を展開して攻撃してくる人がいるのは、そのためです。ベストセラー作家で、劇作家・演出家としても活動する竹内一郎氏が、そんな人間心理と弊害について解説します。

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腹が立ってくると「相手の立場を貶めたくなる」ので…

議論に負けそうになると、人はごまかしを使っても自分の意見を通したくなるものだ。議論は論理で行うのだから、自分の論理が通用しなくなったときに、素直に白旗を揚げればよいのだが、なかなかそうならないのが人間の難しいところだ。

 

人は純粋に議論だけをしているわけではない。感情のやり取りも行われている。感情の部分が「このまま終わりたくない」と鎌首をもたげてくるのである。

 

では、論理的に負けたときに、どうやって相手をやっつけようとするのか。

 

「ワラ人形論法」という方法がある。議論において、相手の主張を歪めて引用し、その歪められた主張に対して反論するという誤った論法である。

 

こちらが「そんなことは言っていない」と言っても、言葉尻の一部を膨らませるだけ膨らませて(あるいは、こちらの言葉を飛び飛びに自分の都合のいいようにつなぎ合わせて)、こちらとは別人格のワラ人形を作ってしまう。この論法はパターン化している。まずワラ人形を作り上げ、それを攻撃し、簡単に論破する。困ったことに、そこが次の議論の出発点になってくる。

 

この間は、早口でまくしたてるか、激した感情で押し切ってくる。こちらが「理屈の通用しない時間帯は黙っていよう」と思っているあいだに、相手は結論を導いているのである。

 

こういうタイプは一定数いる。感情のコントロールの利かない人に多いように思う。本人は議論に勝ったつもりでいるが、人が付いていかないものだ。

 

例えば大学の入学試験の際には、合否判定会議が行われる。合否線上にいる受験生がいるとする。点数が同じで二名のうちどちらが合格してもおかしくないが、二名とも合格させることはできない、ということがある。

 

合計点は同じでも作文の成績が著しく低い受験生は、入学後のレポート指導が大変になるから、できれば不合格にしたいという意見が出たとしよう。ほとんどの先生が穏当な意見だと感じる。しかし、その前になにか感情を害した先生がいるとする。ムカムカしているからなにか言いたいのである。

 

すると、例えばこんな意見が出てくる。

 

「作文の成績の悪い受験生を落とし続けると、作文の苦手な受験生ばかりが受験する年はほとんど落ちることになりますよね。そうなったら合格者は0になり、大学は倒産しますが、それでもいいのですね」

 

こういう意見は感情の産物だから、それにまともに乗ってしまうと大変な結果になってしまう。

 

その人も「正論」を言っているつもりなのである。「正しいことを言っているのに、なぜ、自分には人が付いてこないのか」と自問自答すれば、一歩前進することもあるだろう。

 

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本記事は『見抜く力 結果を出す人はどこを見ているか』(河出書房新社)より抜粋・再編集したものです。

見抜く力 結果を出す人はどこを見ているか

見抜く力 結果を出す人はどこを見ているか

竹内 一郎

河出書房新社

皆に同じものが見えていて、皆にチャンスは平等に開かれている。 なのに、なぜ雲泥の差がつくのか? 「見た目」から真実を見抜く著者が教える、「目の付け所が違う人」になるためのレッスン!

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