(※写真はイメージです/PIXTA)

医院経営における一番のキーマンは院長先生ですが、二番目のキーマンは院長夫人です。クリニック専門税理士として20年間にわたり医院経営に携わってきた鶴田幸之氏は、院長夫人の関わり方次第で医院が良くなったり悪くなったりするケースを、これまでたくさん見てきました。院長夫人のお手伝いが業績を底から支えることもある一方で、スタッフとの衝突など、難しいトラブルが生じる場合も…。筆者が実際に関わった「医院経営にありがちなトラブル」より、クリニック経営を成功させる重要なヒントを学びましょう。

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業績悪化で、ついに「院長夫人の貯金」を借りる事態へ

<院長夫人(Aさん)のプロフィール>

奥様は開業1年目の歯科医院の院長夫人です。医院は自宅兼診療所になっています。奥様の前職は看護師でした。

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院長先生であるご主人の性格はとても穏やかでのんびりしたタイプなのに対して、Aさんはハキハキとものを言い、どちらかというと気性が激しいタイプの方でした。

 

院長先生は開業当初から、Aさんには医院のお仕事を手伝って欲しくないと考えておられました。おそらく奥様は気性が激しいのでスタッフと衝突すると思われたのでしょう。医院は開業して半年が経っても患者さんが増えず、売り上げが上がりませんでした。

 

「院長先生大丈夫ですか? 患者さんが増えるように、何か対策を打たないとマズいと思いますよ」

 

私が心配して言うと、院長先生は、

 

「そうですねぇ…」

 

と、あまり気にしていない様子でした。

 

開業して以来、預金の残高はジリジリと減る一方で、このままの状態が続くと、開業時に銀行から借りたお金はあと半年後には底をつきそうです。とうとうAさんが結婚前の看護師時代に貯めた貯金300万円にまで、手を付けなければならないという状況に陥ってしまいました。

 

それまでAさんは医院のことには口出しを控えていたのですが、自分の看護師時代に節約しながら貯めた貯金まで医院経営のための資金に投入するとなると、今までのように黙ってはいられません。これを機会にAさんも医院の仕事を手伝うようになりました。

人件費節約のため奥様が「スタッフの出勤制限」を宣言

ところが医院に入ってみると、自分の看護師時代の貯金を切り崩すほど医院経営が厳しい局面なのに、スタッフにはその状況がまったく伝わっていないようでした。業務中に雑談をしながら笑っていたり、のんびりとした仕事ぶりがとても気になります。そこで人件費節約のため、患者さんが増えるまでは自分が受付に入ることをAさんは決めました。

 

Aさんはさらに、出勤するスタッフに、忙しい日と忙しい時間帯だけしか出勤しなくてよい、と伝えたそうです。その結果、スタッフからは「患者さんが少ないのは院長の経営責任であって、私たちの責任ではないのに、なぜ私たちがこのような目に遭わなければならないんですか?」というクレームが上がってきました。

 

スタッフはとうとう、「これからも奥様が医院に来るのであれば全員で辞めます!」と、院長先生に直訴するにまで至りました。さすがにのんびり屋の院長先生も、これにはホトホト困ってしまったらしく、当面の資金繰りについては銀行からの追加融資を受け、Aさんの貯金に手を付けることはしないので、その代わりにAさんに医院のお仕事を手伝うのを辞めてもらうことにしました。

「患者が少ないこと」はあくまでも経営側の責任

このケースに限らず、患者さんが来ないので収支が悪くなり、賞与が払えない(あるいは昇給ができない)ことをスタッフに伝えると、「患者が来ないのは私たちの責任ではない!」と反発を受けることは多いものです。

 

最近では、コロナウイルスの感染拡大により収支が赤字となってしまった病院が、「ボーナスを払えない」と伝えたところ、看護師さんが大量退職しそうになり病院の存続の危機に陥ったという話もありました(結果的にボーナスを支給するということで、大量退職は免れたようですが)。経営が赤字であるのにボーナスを要求され、そして赤字なのにスタッフにボーナスを払う。このようなケースは事業規模の大小の違いはあっても、とても多いように思います。

 

この件について、私が思うのは次のことです。

●Aさんご自身のこと

患者が少ない責任を、スタッフに取らせるのは良くありません。経営者がスタッフに望んでよいことは、「勤務時間中に真面目に働いてもらうこと」だけです。患者が少ない以上、スタッフがやることがなくのんびりしているのは、ある意味仕方ないことです。

 

別の医院での出来事なのですが、スタッフに「今年は業績が悪いのでボーナスは出せません」と院長先生が伝えたところ、スタッフからは、「私たちは決められた時間に必ず出勤して手を抜かずに働いています。患者が少なくて売り上げがないのは院長の責任だと思います。私たちにも生活がありますからボーナスは出してもらわないと困ります」と反発されました。

 

この医院の院長先生は「どうしたらいいんだろう?」と頭を抱えていらっしゃいました。

 

私も若いころは、「なんてお金にうるさいスタッフなんだろう!」とがめついスタッフに憤りを感じていました。しかし、その後も多くの院長先生から、何度も同じような相談を受けるたびに「これって意外によくあることなんだな」と思うようになり、今では「患者さんが少ないのは院長の経営責任であって、私たちの責任ではない」というスタッフの言い分は、むしろ理が通っているようにさえ感じています。

 

厳しいことを言うようですが、患者さんを増やすのはあくまでも院長先生の仕事で、スタッフの仕事ではない、そのように思います。

●スタッフのこと ~徒党を組んで「全員辞めます」は悪質

そうは言っても実際のところ、「患者さんが少ないのは院長の経営責任であって、私たちの責任ではない」と開き直り、徒党を組んで「全員辞めます」などと院長先生を脅してくるスタッフがいると、ウンザリしますよね。

 

特定のスタッフがみんなを扇動しているのでしょう。本来大人であれば、院長先生に不満がある場合、「私は個人的に不満を持っています」と言ってくるべきだと思います。

 

みんなで口裏を合わせて、「不満を持っているのは私だけじゃなくて、スタッフみんなの総意です(だから悪いのは私たちじゃなくて院長先生なんです)」と言ってくるのは、とても嫌な感じがします。

 

逆に、本当に患者さんが増えた場合、今度は忙しさに耐えきれずに辞めていくスタッフも出てくるのではないでしょうか。暇でも忙しくてもどうせ辞めていくのであれば、むしろ医院が暇な今、辞めてもらっても構わないのではないでしょうか。

●院長先生のこと

私自身はちょっとしたことでも不安を感じやすい性格ですから、税理士事務所の預金残高が減ってきたら、「ヤバい!何とかしなければ!」、お客さんが増えないと、「どうしよう!次の手を打たなければ!」、などと焦ってしまうのですが、育ちが良い方が多いからでしょうか、もともとおっとりしているのか、患者さんが来なくても、あまり動じないドクターの方が結構いらっしゃいます。

 

Aさんのご主人もそのタイプで、気分が安定しており穏やかなのはとても良いことなのですが、患者さんを集めきれないと、売り上げが上がらず赤字となりますし、お金が減っていくことは、結果的にいろいろなトラブルを院長先生にもたらします。

 

今回のケースでは、

①夫婦関係がおかしくなる

②スタッフが反発してくる

などです。

 

①は、医院の運転資金が底をつき、その結果、奥様の貯金に手を付けることになったことで生じました。お金さえあれば、奥様の貯金に手を付けることにならなかったはずですよね。

 

②のスタッフからの反発がお金がないことが原因だというのは、少々わかりづらいかもしれません。お金がないと経営者はお金を払うという行為を怖がるようになります。

 

「うわぁ…、このスピードでお金が減っていくと怖いなぁ…」

 

私も以前はそう思っていました。

 

しかし、お金が減っていく中でも、スタッフへの給料は絶対に払わなければなりません。だから働きが悪いスタッフに対しても、渋々給料を払うわけですが、「ちゃんと働いてよ」などと内心では思っています。そうすると、言葉にこそ出さないもののスタッフに対する責め心が日に日に強くなっていきます。

 

言葉には出さなくても、私が給料を渋々払っていて、イライラしているというのは、スタッフにはすでに気づかれています。つまり、お金がないことで強くなるスタッフへの責め心は、スタッフに伝わってしまい、スタッフが反発してくるのです。

 

「(お金がないのに)暇でボーッとしているスタッフが許せない」、「(お金がないのに)自分たちの有給や残業代などの権利を主張してくるスタッフが許せない」「(お金がなくて)私たちがこんなに苦しい思いで節約生活をしているのに、大して働かずに給料を当たり前にもらうスタッフが許せない」など、お金がないと心の余裕がなくなると同時にスタッフへの責め心がどんどん強くなっていきます。そうして院内の雰囲気がギスギスしている例が実は多いのです。

大半のトラブルは「お金がないこと」に起因

開業時の院長先生の仕事は、「患者さんに丁寧な医療をする」ことも大事ですが、それ以前に「医院の収支を軌道に乗せる」ことはもっと大事です。

 

「お金、お金」というと「医療はお金じゃない!」と抵抗を感じられるかもしれません。しかし、開業時に限っては、綺麗事では済まされません。「お金」はとても大事です。

 

私は、これまでいろいろな医院の経営を見てきましたが、医院で起きるさまざまなトラブルのほとんどは、「お金がない」ことが根本原因だと思っています。

 

お金がないから、生理的欲求や安全の欲求など低い次元の欲求に支配されてしまい、周りへの感謝の気持ちを感じられなくなり、そのことが自然といろいろな形でトラブルとなって現れてくるのだと思います(図表「マズローの欲求5段階説」参照)。

 

【図表】マズローの欲求5段階説

 

お金が十分過ぎるほどあれば、別に意識をせずとも自己実現欲求が出てきて「スタッフに昇給してあげたいな」「どこかに困っている人がいたら寄附をしようかな?」「もっともっとたくさん納税することで社会に貢献しようかな」などと自然に考え始めます。

 

「お金を持っていない経営者は自分自身が低次元の欲求の中で生きていかざるを得ないため悪人になりやすく、お金を持っている経営者は高次元の欲求の中で生きていくため善人になりやすい」。

 

「お金、お金」というと抵抗感を感じる方も多いと思いますが、私はそのように思っています。

 

ちなみに、診療報酬が以前よりは下がったというものの、医院経営は国の医療保険制度に守られています。それにいろいろな顧問先を見ていると、院長先生のヤル気次第で「年収1000万円~2000万円程度のお金持ち」になることは、それほど難しくないように思っています。

 

ところで、Aさんはその後どうなったでしょうか? Aさんは、医院を手伝わずに家事に専念することになりました。今は二人の子宝に恵まれ育児に専念中です。医院のお仕事にはノータッチとなり、その代わりにご自分の人生を楽しんで歩んでいらっしゃいます。

 

 

鶴田 幸之

メディカルサポート税理士法人 代表、税理士

1968年生まれ。早稲田大学社会科学部卒。福岡の大手会計事務所の医療機関専門の税務スタッフとして5年勤務の後、2008年医院専門の税理士事務所を開業。顧問先医院から最近受けた相談を紹介する「メルマガで学ぶ医業経営のポイント」およびYouTube「医院経営の教科書」も配信中。著書に『成功する開業医』(中央経済社)がある。

 

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※本連載は、鶴田幸之氏の著書『成功する開業医』(中央経済社)より一部を抜粋・再編集したものです。

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鶴田 幸之(著)
茂垣 志乙里(イラスト)

中央経済社

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