(※写真はイメージです/PIXTA)

愛知県豊橋市の産婦人科・小児科医院の男性院長が飲酒後に出産手術をしていた事件が報道されると、賛否両論の意見が噴出した。生まれた乳児は心肺機能が低下して別の病院に入院したという。出産に立ち会った父親は、県警への刑事告発や民事訴訟も検討しているという。今回の「酒酔い手術」は罪に問えるのか検証をした。なお、個別事案への明確な発言は、現時点で法律家の立場からは本来、慎むべきだが報道されたデータという限られた素材をもとに現状、法的にどう解釈されるか一般論として分析を試みた。

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産婦人科医院の院長が飲酒し出産手術

愛知県豊橋市の産婦人科・小児科医院の男性院長が、飲酒後に出産手術をしていた問題は、8月6日に新聞等でこの事実が報道されると、各所からさまざまな意見が寄せられた。大きく類型化すると、それらの意見は「一般社会」からの視点と「部分社会」である医療界からの視点で発信されており、両者の内容には大きく差異があるように感じられた。

 

「一般社会」からの視点は、容易に想像がつくものでこの院長の行為に否定的なものが多い。

 

「お茶がわりに日常的に酒を飲んでいたなんて、本当にありえない。危険すぎやしないか」「調査した豊橋市の保健所は医師に注意喚起したと述べているがそんな程度で済まされる問題なのか」「医師免許剥奪が妥当ではないのか? 我が国にはこの種の行為を裁く法律はないのか」というような批判の類である。

 

一方、医療の世界に帰属する医師の側からは、同情的な意見も多い。

 

「お産は24時間いつでも起こりうる。この状況では産科の開業医は、代役の医師を準備しているケース以外は、ビールの一杯も飲めないことになる。酩酊するほど飲むのはどうかと思うが、多少酒を飲んだ状況で呼び出しをくらう開業医は産科に限らず少なくないのではないか。国がその辺りの法整備もせずに『ありえない』(厚労省)の一言で切り捨てるのはいかがなものか」「私は医師ですが、飲酒での診療は法律で禁止されていませんよ。地方の開業医は、1人で365日間オンコールされています。この状況ではアルコールは一切飲めなくなりますよ」など、医療の現場の苛酷さを踏まえての意見が多かった。

 

当該医師に同情するかのようなコメントが、医療界から多く寄せられたのは、やはり医療という苛酷で特殊な「部分社会」に内在する問題を肌で感じての意見だからであろう。

 

私自身も知人の医師やパラメディカル(看護師などの医療従事者)にこの件について感想を求めてみたが、今回のような、手術が予定されていた場合は別論、飲酒後に緊急対応するケースは確かにあり、軽度の飲酒で厳罰に処せられるという状況に、もしなるのであれば地方の医療は崩壊するのではないかと懸念する声が多かった。コメントを寄せる人々が身を置く場が異なれば、出てくる意見も異なるし、正反対の場合でさえある。

 

今回は、この問題にアンケートをとり、意見を集約しその是非を判断するべきものではないから、少々異なる専門的なアプローチで、この問題に切り込んでみたいと思う。

「専断的治療行為は民事の問題」という壁

アプローチその1は、本件の医師はそもそも、法的にどう評価されるのか、「同意のない治療の観点からの考察」である。

 

父親からの詰問に「手術の前にビールを飲んだ」と医師は認めている。新生児が無事に産まれれば不幸中の幸いであったが、産まれた乳児は頭部に血が溜まり、心肺機能が低下し、近隣の別の病院に緊急搬送され、一時生命の危険さえあったのである。この状況に当の父親は、「当日勤務すると分かっていながら飲酒する医師だと知っていれば、妻や子どもは預けなかった」と述べているのである。

 

父親はその後の毎日新聞の取材に対し、「医師は赤ら顔で出産に立ち合い信じられなかった。人命をなんだと思っているんだ」と憤り、県警への刑事告訴や民事訴訟も検討している、と報じられている。初めての出産、しかも難産の緊急手術を余儀なくされた母親の前に、酒気を帯びた産科医が現れたというのだから、これは穏やかな話ではなかろう。

 

報道されたプロセスを参考にこの問題を精査すると、民事訴訟はともかく、刑事告訴についてはいくつかの高い壁を越えねばならない。

 

まず、「当日手術すると分かっていながら飲酒する医師だと知っていれば、妻や子どもは預けなかった」という父親の発言に含意される法的要素を検証する。この父親の発言を法的に解釈すると、飲酒して手術をする医師には手術に関して同意しなかった、という意味と把握できるからである(このケースでは錯誤により同意したという話になる)。つまり同意の時点が再度、遡る話になるのだ。

 

この点、わが国の通説によれば、医師の外科手術などの治療行為は、身体に侵襲を加える点で、傷害罪(刑法204条)の構成要件に該当するが、治療の目的があり、医学の準則(レーゲアルティス)に沿った手段でそれが行われ、また、患者の同意がある場合、その違法性が阻却される(正当行為・刑法35条)と考えられている。

 

この刑法理論をそのまま当てはめれば、同意がないケースでは、医師の行為は違法と考えられなくもない。もっとも、医師には治療の故意があり、人を傷害しようという故意はさすがに存在しないので、過失の問題となるが、注意すべきは同意のない治療に対するわが国の司法の向き合い方である。

 

過去の裁判例を見ると、当時26歳の映画俳優(未婚)の右乳房の乳腺ガンの手術にあたり、患者の同意を得ていない左乳房まで手術を拡大した著名な事案「乳腺症判決」がある。この事案では、医師の行為を理論的に正当行為とみなすのは難しいものの、本件は民事訴訟として争われ、担当した2名の医師には損害賠償が命じられている。

 

その後の秋田地裁大曲支部で出された舌ガン判決(患者の明確な同意がないのに、患者の舌癌病巣部右半側を摘除したという事案)においても、民事訴訟にとどまり、慰謝料は30万円にすぎなかった。ここには患者の同意のない専断的治療行為に対する我が国の司法の立場が表れている。それはひと言でいうと消極的な姿勢ということである。

 

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わが子を医学部に入れる

わが子を医学部に入れる

小林 公夫

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