(※写真はイメージです/PIXTA)

愛知県豊橋市の産婦人科・小児科医院の男性院長が飲酒後に出産手術をしていた事件が報道されると、賛否両論の意見が噴出した。生まれた乳児は心肺機能が低下して別の病院に入院したという。出産に立ち会った父親は、県警への刑事告発や民事訴訟も検討しているという。今回の「酒酔い手術」は罪に問えるのか検証をした。なお、個別事案への明確な発言は、現時点で法律家の立場からは本来、慎むべきだが報道されたデータという限られた素材をもとに現状、法的にどう解釈されるか一般論として分析を試みた。

「疑わしきは被告人の利益に」という壁

もう1つのアプローチその2は、刑事裁判で適用されるin dubio pro reo(疑わしきは被告人の利益にという原則)の側面から考察するとどうなるかである。

 

報道によれば「医師の飲酒が手術に影響を与えたかは不明」とされており、ここが難しい。つまり、飲酒により手術時の医師の手もとが狂い、その結果、乳児の生命の危険が生じたかは不明ともとれる指摘がなされているからだ。因果関係が不明である場合は、先の刑事裁判の原則を援用される可能性がある。

 

この産科医は、警察から任意の取り調べも受けていないようなので、被告は言うに及ばず被疑者でもないが、「疑わしきは被疑者の利益に」というような原則から考えるとすれば、本件は刑事の領域で俎上に載せられる可能性は低いのではないか。

 

患者の側からすれば、およそ納得がいかないであろう。しかしながら、刑事裁判ということになると簡単な話ではなく越えねばならないハードルは高い。

「医療法」「医師法」からはどう考えられるか

ところで、この種の事案を取り締まる行政の視点(医療法と医師法)から精査すると、この問題はどう把握されるのだろうか、疑問を抱き本件を管轄する豊橋市の保健所と厚生労働省医政局医事課、医政局免許室の三者に意見を求めてみた。


まず、豊橋市の保健所については、概略5つの質問を投げかけてみた。それは以下のようなものである。

 

①まずこういう事件は過去にも散見されたのか。
②現状はどうなっているのか。父親が刑事告訴するような話が出ていたが、警察は動いているのか。何か情報はあるか。
③保健所は医療法に基きこのクリ二ックに対し立ち入り検査をしたとのことだが、それは医療法の何条の問題か。
④立ち入り検査はどういう内容か。実効性はあるのか。
⑤報道記事によるとこの種の問題に法的な規制はないと認識されているようだが、この問題をどうお考えなのか。

 

この質問に対し、豊橋市保健所健康政策課の中野浩二課長は、「今の職場にはこの4月に赴任したばかりであり、過去のことはよくわからないが、特段このような話は聞いたことはない。また、その後のこの事案に関する情報は個人情報に関わる問題なので承知していない」とされたうえで、私の質問に関しては、概略以下のように回答された。

 

「実効性の側面については、何らかの強制力が働くものではないが、医療法の25条1項に基き、医院に対し立ち入り検査をした。内容は医療安全体制が確保されているかの検査である。具体的には当番を含め医師の勤務体制に無理がないか、オンコール体制がどうかなどであり、その観点から注意喚起をした。本件のような問題について医療法による処罰規定はない。

 

このような問題に関する法的規制については、公務員の立場としてのお答えしかできないが、医師の側に明確な違法があるようなケースでは、厚労省の医道審に諮られるので、そちらの判断となるのではないか。ただ一般論として、医師が飲酒して治療行為を行うことに関しては、医療倫理の側面から望ましいことではないとは考えている」(前出中野課長)

 

予想した通りの優等生的な回答であるが、致し方ない。

 

それは、厚労省医政局医事課と厚労省医政局免許室の回答ではさらに、色濃く出た。いわば暖簾に腕を押すようなやりとりとなった。

医師の酩酊度、患者の生命の危機度を考慮

以下は厚労省医政局医事課とのやりとり

 

小林「今回の問題は医師法の観点からは7条の問題となるのか。つまり医師としての品位を損するような行為があった場合、厚労大臣が処分できるという条文が適用されるのか」

 

厚労省医事課「今回の事例が個別具体的にどうかということは申し上げられない。しかし、例えば飲酒をしたうえで医師が診断等の行為をしたとしても、医師法の条文の中に単純にその医師の行為に関連する条文があるかと言うとそれはない」

 

小林「新聞報道で、『飲酒手術は常識的に考えてあり得ない』と、厚労省が発言しているようだが本当か」

 

厚労省医事課「あれは記者の方から、『医師の世界というのは常に飲酒して診療するのが当たり前なのですか』、という趣旨の質問があり、その答えとして、医療の世界でそういう働き方が当然ということは無いと回答したと、聞いている」

 

小林「夜、酒を飲んでしまったが、急にオンコールされ、診療をしなければならなくなった。この状況は厚労省としては認めるのか」

 

厚労省医事課「当該医師の飲酒量、医師が携わる地域の医療提供体制など様々な要素がからむ話なので何とも言えない。しかし、そういう事例自体はありうると考えている。殊に目の前で、生命の危険にさらされている患者がいる場合はなおのことである」

 

小林「医師法の19条の問題が絡んでくるという理解で良いか。診療を求められた医師は正当な事由がない限り診療を拒否できないという条文」

 

厚労省医事課「そういうことになる。医師の酩酊度、患者の生命の危険度などを考慮し比較衡量しつつ決断することになる」

 

小林自動車運転処罰法の過失運転致死傷罪以前の問題として、車を運転する人(約8200万人)は道路交通法65条第1項の規定で飲酒運転(酒気帯び、酒酔い)が禁止されている。又、飛行機の操縦者(約6000人)も航空法70条第1項で禁止規定がある。ところが、医師法には医師(外科など手術を担当する者以外も含め約33万人)の酒酔い手術罪なる規定は何らない。この是非については難しい問題があり私も現状答えを持ち合わせていないが、どうお考えか。何か省内で議論はあるのか」

 

厚労省医事課「少なくとも私の知る限りでは把握していない。そういう話は耳にしていない。医療の世界で議論して欲しい内容である」

 

次ページ「個別事案なのでその質問に答えられない」
わが子を医学部に入れる

わが子を医学部に入れる

小林 公夫

祥伝社

近年、医学部志願者が急増しています。その要因として、医師という職業に対する安定志向の高まり、私大医学部の学費値下げなどがあげられます。これにより、従来からの医師家庭や富裕層にサラリーマン家庭が参戦。全国の82医学…

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