4. リスクバッファ付き変動金利型住宅ローンの効果検証
日本銀行は消費者物価指数の前年比2%増の実現(物価安定の目標)し、これが安定的に持続するまでは、日本国債10年利回りをゼロ%近辺で推移させる金融政策(イールドカーブコントロール)を継続するとしている。現状は、消費者物価指数は前年比でゼロ%近辺にあり、2021年10月に公表された日本銀行の展望レポートでも2023年の消費者物価指数(除く生鮮食品)の予想は0.9%~1.2%となっており、少なくとも2023年までは低金利政策が継続する可能性が高い。それに加えて、一部の金融機関の業態間で住宅ローン獲得競争が激化していることも、住宅ローンの適用金利に対して低下圧力になっているものと推察される。
前項では、変動金利型住宅ローンを借り入れる際にとりうる対応策として2つの方法を紹介した。このような金利市場の状況から、しばらく「金利上昇はない」との判断で変動金利型住宅ローンを借り入れるのは自然な発想のように思われる。しかしながら、日本の経済成長率やインフレ期待が改善し、それに応じて日本銀行が金融政策を縮小または解除すれば、金利上昇はまず間違いなく生じることになる。図表3で示したように、1999年のゼロ金利政策導入後の日本国債10年利回りの推移を確認すると、0~2%の範囲にある。35年等の長い期間で変動金利型住宅ローンを借り入れると、1~2%程度の適用金利の上昇がいずれ生じる可能性は否定できない。
前項では、金利上昇を事前に予想するのは難しいという前提のもとで、対応策を2つ紹介した。2つ目のリスクバッファを持つという対応策について、具体的にその効果について検証してみたい。
まずは、2021年6月時点の首都圏の新築・中古の住宅価格※1から、不動産価格分をすべて住宅ローン(元利均等型)で賄うものとして毎月の返済額を計算した結果を確認する[図表9]。計算にあたって、新築・中古かに限らず、戸建は22年、マンションは35年に借入期間を設定し※2、適用金利に変動金利型は0.4%、固定金利型(全期間)は1.2%を用いた※3。
※1 住友不動産販売HPの「三大都市圏新築中古一戸建て市場動向」「新築中古マンション市場動向」を参考にした。
※2 住宅ローン借り入れで設定される一般的な最長期間(35年)と法定耐用年数(木造戸建:22年、鉄骨鉄筋コンクリートまたは鉄筋コンクリートのマンション:47年)を比較して短い方を採用した。
※3 実際に住宅ローンを金融機関に申し込む際には、申込者の属性や個々の不動産の状況なども考慮され、個別に融資額、借入期間や適用金利等の借入条件が決定されるため、必ずしも画一的なものではない点に注意されたい。
Case 1~Case 4のすべてに共通している点として、変動金利型の借入は固定金利型の借入よりも毎月の返済額が小さく、元本返済額が大きいことが分かる。例えば、新築マンションを購入する場合、変動金利型で借り入れると毎月の返済額は15万8,218円だが、固定金利型で借り入れると毎月の返済額は18万855円で、差額の2万2,637円分だけ変動金利型住宅ローンの返済額の方が小さい。一方で、取組時の元本返済額を確認すると、変動金利型で借り入れると13万7,551円、固定金利型で借り入れると11万8,855円で、変動金利型で借り入れると住宅ローン残高が早く減少していくことが確認できる。
以降、首都圏で6,200万円の新築マンションを購入する(Case 2)際に、不動産価格分をすべて元利均等返済型の変動金利型住宅ローン(取組時の適用金利:0.4%)の借り入れで賄う場合について、シナリオ分析を行っていく。変動金利型住宅ローンの適用金利が0.4%(一定)で推移し、0年後、5年後、10年後、15年後、20年後、25年後、30年後のどこかで1%、2%または3%の金利上昇が生じた(上昇後は一定で推移)と仮定して、金利上昇後の毎月の返済額を計算する※。
※ 変動金利型住宅ローンの中には、適用金利が上昇した際の返済額の増加幅が一定の範囲に収まるような条件が付されているものがある。その場合、返済額の増加は緩やかだが、徐々に計算した返済額に近づいていくことになる。
図表10はこの仮定に基づいて、金利上昇後の毎月の返済額を計算したものである。変動金利型住宅ローンで借り入れると、固定金利型住宅ローンよりも早く住宅ローン残高が減る。そのため、変動金利型の適用金利の上昇幅が1%程度であれば、取組時の固定金利型の適用金利(1.2%)よりも上昇したとしても、金利上昇の生じる時期が10年目以降であれば、変動金利型で借り入れた方が毎月の返済額は小さくなる。
次に、金利上昇と同時に繰り上げ返済を行う場合について確認する。住宅ローン残高や適用金利の水準にも依存するが、最大13年にわたって住宅ローン減税により順ざやのメリットが受けられるのであれば繰り上げ返済のタイミングは後ろ倒しにした方がよい場合が多いだろう。Case 2で0.4%の適用金利が変化しない前提で、不動産価格分を変動金利型住宅ローンで賄うと、13年目でちょうど住宅ローン残高が4,000万円程度になる。住宅ローンの借り入れる個人の所得水準にも依存するが、一般住宅でCase2の条件だと、総額480万円分の所得控除が満額で享受できる。そのため、Case 2では、順ざやである限りにおいて、繰り上げ返済はできる限り後ろ倒しした方がよいことになる。
先述したように、変動金利型で借り入れた場合と固定金利型で借り入れた場合で毎月の返済額が2万2,637万円の差がある。この差額を預貯金で毎月積み立てていき、繰り上げ返済の原資として用いる[図表11]。繰り上げ返済には「期間短縮型」と「返済額軽減型」の2つの方法があるが、固定金利型住宅ローンとの比較を返済額で行うため、借入期間を変更しない「返済額軽減型」を採用した※。
※ 金利上昇が生じても毎月の返済に余裕があるのであれば、基本的に借入期間を短期化する「期間短縮型」で繰り上げ返済した方が利息支払いの負担を軽減する効果は大きい。
固定金利型住宅ローンで借り入れた場合、毎月の返済額は18万855円だが、適用金利が1%程度の上昇であれば、5年後に金利上昇が生じても変動金利型住宅ローンの方が毎月の返済額が小さくなることが分かる。このまま低金利環境がこの先5年以降継続して、金利上昇幅も1%程度に収まるのであれば、固定金利型住宅ローンで借り入れた気持ちになって変動金利型住宅ローンで借り入れ、返済額の差額を繰り上げ返済の原資として預貯金で積み立てていくのは、それなりに合理性のある判断だということになる。
一方で、適用金利の上昇幅が2%程度になると、繰り上げ返済を行ったとしても、変動金利型住宅ローンの返済額の方が小さくなるには15年以上低金利政策が継続する必要があることが分かる。このような2%程度の金利上昇のリスクにも備えていく場合には、例えば、住宅ローン減税による所得税控除分も合わせて繰り上げ返済の原資に含める、ミックスローンで当初の返済額が大きくなるデメリットを享受して想定以上の金利上昇に備える、といった対応策も検討していく必要があるかもしれない。
5. まとめ
本稿では、低金利環境の長期化や住宅ローン減税、マンション価格の上昇という状況の中で、変動金利型と固定金利型住宅ローンの特徴を生かした借入戦略について検討した。
変動金利型住宅ローンは、返済額が相対的に小さくなるだけでなく、住宅ローン残高の減少も早い。現状の住宅市場の状況から考えると、変動金利型住宅ローンを選好する個人が増えるのは理解できる。一方で、もしかすると訪れるかもしれない将来の金利上昇に個人が備えることのできる手段は限られているが、本稿で提案したようなミックスローンや預貯金等での積立も組み合わせて対応していくことが望ましいだろう。本稿の分析が、住宅ローンを借り入れる個人の家計管理に寄与できるのであれば幸いである。
福本 勇樹
ニッセイ基礎研究所
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