待合室で患者さんをなごませてくれる良質な絵本を紹介
コロナ禍のいま、絵本ブームが来ています。絵本は、生まれたての赤ちゃんから大人まで、全年齢的に楽しめるメディアです。また、体をあまり動かせない時にも、絵本のイメージの中でなら遊べることは多く、読み手に心地よい興奮や心の安らぎをもたらしてくれることがあります。さまざまな状況の患者さんが集まる待合室で、彼らをなごませてくれる良質な絵本群を、ここでは年代別に紹介します。
0・1・2歳向けのパン絵本『ぽんちんぱん』
食欲の秋です。0・1・2歳児向けには、パンの絵本『ぽんちんぱん』(柿木原政広、福音館書店)をおすすめします。食に興味を抱き始めた時期の子どもたちが、好んで読む一冊です。
表紙をめくると、大きな食パンが一枚あります。そこには、こんな文章がつけられています。「ぱんぱん しょくぱん ぽん ちん ぱん」。
やさしく弾けるような、リズムのある言葉です。口に出して読むだけで、自然と節がついてきます。その言葉を唱えながら、ページをめくると……。
「ちぎちぎ ぱっぱで ぽん ちん ぱん」の言葉とともに、目と口のつけられたさっきの食パンが、にっこり笑ってこちらを見ています。「ちぎちぎ」というからには、パンをちぎって顔をつけたのでしょう。画面をお見せできないのが残念ですが、ふんわりとあたたかな笑顔が魅力的です。
次に出てきたのは、ロールパンです。つやっつやで、おいしそう。やっぱり「ぱんぱん ロールパン ぽん ちん ぱん」とリズムの楽しい文章がついていて、ページをめくると、びっくりしたような顔が現れます。
大人にしてみれば、パンに顔がつくだけの、何でもない絵本に思えるかもしれません。しかし、小さな子どもたちには、少しのこの変化がとても愉快なものなのです。
いつも見ている身近な食べ物に、顔がついて、こっちに微笑みかけているということ。読んでくれる人の、やさしい節まわし。そうした色々が安心感となって、画面をのぞきこむ子どもたちを包み込みます。
実はこれは、写真絵本です。赤ちゃん向けの写真絵本は、さほど数が多くないのですが、『ぽんちんぱん』のように写真か絵かの見分けがつかない撮り方をしているものは、なかでも珍しい存在でしょう。読んであげる立場の大人にも、じっと見る面白さがあります。
0歳の赤ちゃんから、2〜3歳ごろの子まで、男女問わず気にいる子の多い一冊です。
3〜4歳向けのかけっこ絵本『おやおや、おやさい』
せっかく待合室に揃えるのなら、面白くて仕方のない絵本ばかりにしたいものですね。次に紹介する『おやおや、おやさい』(石津ちひろ/文、山村浩二/絵、福音館書店)も、そんな一冊です。
トマト、アスパラ、ラディッシュなど、たくさんの野菜が登場するにぎやかな物語です。
『おやおや、おやさい』では、野菜たちのマラソン大会を、スタートからゴールまで追いかけて描きます。3〜4歳ごろの子どもたちは、「かけっこ」の経験がある子も多いので、臨場感をもって楽しめそうです。
さて、彼らの攻防に一段と彩りを添えるのが、秀逸なだじゃれ遊びの数々です。ページの中には、こんな言葉が踊ります。
「そらまめ そろって マラソンさ」
「にんきものの にんにく きんにく むきむき」
「かぼちゃの ぼっちゃん かわに ぼちゃん」
言葉遊びの名手、石津ちひろの手にかかった一文一文は、こうして読んだだけでも、心くすぐられるものがあります。
さらに、本書の粋なところは、アニメーション作家の山村浩二が絵を担当していることです。
マラソンの光景を描くとなると、普通なら「走る選手と沿道の観客」といった似たような画面ばかりになりそうなものです。けれど、そこは「流れ」を意識してつくられるアニメーションの世界に身を置く、山本のこと。どの見開きもアングルの妙で、くるくるとよく動く物語に仕立て上げられています。
静止画なのに、イメージ上では動きが存分に感じられる−−。このことに気づいた時、特に大人には感動が大きいように思います。もちろん、そんなことを考えずに子どもが読んだとしても、自然と体感されるものです。
ところで、スタート地点ではにんにくやパセリが快調ですが、最後に金メダルをとるのは、一体だれなのでしょうか? 何度読んでもレースの行方に、終わりまで手に汗を握ってしまいます。