義父の葬儀を義母に丸投げ
しかし、そんな生活にもほころびが。
「義父は私の結婚と同時に受付の女性を辞めさせようとしたのですが、義母が強硬に反対したのです。『結婚に敗れ、仕事まで失ったらあまりにかわいそうすぎる』と。仕事ができる上に人当たりもよく、彼女を慕うスタッフも多かったので、やめさせることで病院内の人間関係が崩れるのを恐れていたと思います」
しばらく様子を見ていた宮下さんだったが、そんな中、義理の父こと初代院長が脳梗塞で帰らぬ人に。
「義父の一周忌が終わるやいなや、今度は義母が脳腫瘍になってしまいました。3年あまりの闘病生活の末、義母も亡くなりました」
実は家のしきたりなど一切わかっていなかった彼女。葬儀ではまごまごするばかりで何の役にも立たなかった。そこで大活躍したのが例の受付嬢だった。
「まるで私がこの家のことはよく知っているのよと言わんばかりの振る舞いに驚きました。義父の葬儀のときに、私が夫と義母に全部を任せていたのを見抜いていたのでしょう」
どっちが施主の妻なのかわからないという声も聞かれる中、葬儀も無事に終わり、納骨も済ませ、また通常の生活に戻っていったかのように見えた。
墓参りで女と抱き合う夫
義母の死から1年が経ち、宮下さんのもとに一通のメールが届く。差出人は、夫のいとこだった。
「ごめんね、嫌な話をするようだけど……という書き出しで始まる文に我が目を疑いました。なんと、主人と受付嬢が一緒に墓参りに行った挙げ句、その場で抱き合いキスをしていたという内容だったんです。別の人の墓参りに来ていたといういとこは夫の姿を遠目で見て『なんで受付の子と一緒にいるの?』と疑問に思ったらしく、二人を観察していたら、そういったシーンを目撃したとのことでした」
頭に血が上った宮下さんは、整形外科医に即座に問い詰めました。すると、それを否定することもなく
「『だって、里桜は結局自分のことしか考えてないじゃん。両親が亡くなって病院経営をきちんとやらなきゃいけないのに、君、力になってくれた?』って……。頭にきて訴訟を起こそうかと思ったくらいでしたが、そんなことで自分のプライドを下げるのはよくないと周囲に言われて……。それで思い止まりました」
クリニックは廃業に
その翌日から夫は家に帰って来なくなり、宮下さんは寂しさを埋めるために診療に打ち込むように。だが、そこで彼女は医師としてあらぬ方向に転化してしまう。
「実は、このときトンデモ系の、一般の医師が絶対に手を出さない領域のものを取り入れたんです。患者さんには評判が良かったし、いいものはトンデモといわれるものでも取り入れたかったんですが、それを知った先輩や教授からはお叱りを受けて、研究室の恥とまでいわれて。それでもう自分でもぐちゃぐちゃになってしまったんです。こうしたトンデモ系の実践が、自分の癒しにつながっていたのも事実ですが、『そういうものにすがりつくくらいなら一度診療は全部やめたほうがいい』と尊敬している先輩にいわれました」
自分を取り戻すためにも、クリニックを畳む決意をした宮下さん。夫との現在の関係を問うと
「帰って来ないものを待つほど辛いことはありません。辛さから解放されるために、離婚しようと思う事もありますが、それをすれば受付女の思うツボになるでしょう」という言葉が返ってきた。まだ夫を愛しているのだ。
この夏宮下さんのクリニックは正式に廃業となった。
現在は、アルバイト医師としていくつかのクリニックに出入りし、収入を得ているという。
※本記事で紹介されている事例はすべて、個人が特定されないよう変更を加えており、名前は仮名となっています。