どんな手段を使ってでも手に入れる
「私は、幼いときから欲しいものは全部手に入れてきたんです。親にお願いして買ってもらえなかったモノは家くらいのものだし、このオトコいいなって思ったらどんな手を使っても彼氏にしてきました」
そう話すのは、神奈川県の某政令指定都市に住む皮膚科医の宮下里桜(仮名)さん。宮下さんは、高校卒業後、神奈川県内の有名医科大学に現役合格し、皮膚科専門医を目指す。
「医師免許はすんなり取ったんですが、専門医になるのには少し苦労しました。怒られてばかりだし、うまくいかないことばかりで……結局同期よりは時間を要しました」
念願かなって皮膚科医として勤務することになった宮下さんだが、その時の年齢は29歳。
「婚期を逃したと思いましたね。私、一人娘なので早く親を安心させたい気持ちもあったのですが……」
宮下さんは今でいう婚活を始めたものの、うまくいかずに失敗を繰り返してきた。
「別に普通のサラリーマンでもいいんですけどね。どうせなら大手企業か有名IT企業で出世するような人が良かったので、そういう人を友人や親戚に紹介してもらいました」
しかし長続きすることなく、連絡が途絶えてしまうパターンが多かったそう。
そんな中、宮下さんにとある出会いが訪れる。
ケガがもたらした出会い
宮下さんが出会いをつかんだのは、通勤途中のちょっとしたケガがきっかけだった。
「5センチ程度のヒール靴で最寄り駅まで歩いていたんですが、ちょっとしたアスファルトのへこみで転んで足をひねってしまって。近くの整形外科に駆け込みました。そこにいたのが彼だったんです」
そう、宮下さんは、整形外科医に一目惚れ。写真を見せてもらったが、某理系俳優をさらに医学系が似合う感じに寄せたきらいがある。
「しばらく病院通いがつづいたんですが、本当に好きになっちゃって。わざとスリットの入ったミニスカート履いたり、ボディタッチをしてみたり、いろいろやりました」
押しまくりの宮下さんに整形外科医はまんざらでもない様子。実は、整形外科医は地元では有名な病院の二代目だった。
「偶然なんですが、義理の母のお姉さんが、私と同じ大学の出身だったことも大きかったと思います。周りみんなもお似合いだと言って応援してくれましたし」
こうして、整形外科医との結婚が正式に決まり、同時に宮下さんが婚家から資本提供を受ける形で医療法人を設立し、自身のクリニックを開業する案も浮上。『すべての女性をきれいにする』を合い言葉に、六本木に拠点を置くことが決定。ところが――。
自分は彼女じゃなかった…
結婚が決まって浮かれていた宮下さんは、差し入れや、お土産など何かと理由をつけては整形外科に赴き、未来の夫の様子を見に行っていた。そうしたことを繰り返しているうち、ひとりの受付スタッフの態度がよそよそしくなり、あまりにおかしいので整形外科医に問いただしてみることに。
「実は、受付嬢が彼女だったというのです。もう5年以上お付き合いしている上に、彼女が父子家庭出身という理由で義父がずっと反対していたから結婚できなかった、と聞かされたときには目の前が真っ暗になりました。でも、そんなことで諦めるわけにいかなかった」
かくして、事情を知らない人たちの祝福と、すべてを知る人たちの冷徹さとの板挟みになりながらも、結婚式は無事に終了。
新婚生活の始まりと同時に、クリニックもオープン。マスコミにも取り上げられるようになり、宮下さんの人生は、側から見れば順風満帆そのものだったが……。