「俺はモテたいから、天ぷら屋をしてるんだよ」
■水の流れのような一流の技は、教えられるものではない
大将自身のことも聞いてみました。
「お客さんのおいしかったなとか、また来ちゃったよとか、親父さんのモチベーションと言うか、報酬と言いますか、それは何ですか?」
「違うよ、俺のこと全然わかってないよ。俺はモテたいから、天ぷら屋をしてるんだよ。別に、おまえにうまく食ってほしいなんて思っていないよ。モテたいの、俺は」
大将の何かぶっきらぼうだけれど、その気風のよさに魅かれて大勢のお客様が通っていることがわかりました。さすがに、モテたいというだけあって、様子もカッコいいわけです。しかも、大将が揚げる天ぷらの味はメチャクチャおいしいのです。
「同じ油、同じ食材であっても、息子さんが揚げると違うんですか?」と僕が聞くと、「息子のは食えないよ、天ぷら以前だよ」。で、実際、揚げていただき、食べてみると、味が違う別物になっていました。
不思議なもので、一流の方の仕事ぶりを見せてもらうと、仕事が水のようでした。美しく流れるのです。大将が言うように、教えられないものだと思いました。奪わないとこの味は出せないと感じます。
教えてもらうだけが仕事じゃない。ときには、そういう高い壁がないと人は成長しないのではないでしょうか。息子さんは、悪びれず飄々とその高い壁を越えるべく精進している様子でした。目の前の壁がどんなに高くとも、彼ならば乗り越えていくという確信を感じました。
2代目には、2代目としての闘いと戦いがあることも知りました。その壁に並んでもダメで、壁を越えないと越える味にならないと思いました。一番厳しい育て方です。
僕たちも、ご指名があって初めてお給金をいただけるのです。結局、「おまえの味が忘れられないよ」と呼んでもらえるのと同じだと思います。