(※写真はイメージです/PIXTA)

小児科医である大宜見義夫氏の著書『爆走小児科医の人生雑記帳』より一部を抜粋・再編集し、著者の孫・ター坊を実例とした幼い子供の心の動きを紹介します。

5歳児の決断。舌小帯の手術でまさかの副次効果が

舌小帯の手術を予定している孫のター坊の病室を訪れると、すやすやと寝入っていた。その姿を見て、手術を知らされてないのではないかと思ったほどだ。

 

手術に立ち会い、術者の背後から手術台のター坊に軽く手を振ると一瞬笑みを浮かべ、麻酔が効いてそのまま深い眠りに落ちていった。泣き騒がずに平然と手術を受けたター坊には主治医の先生も感心していた。

 

「すぐ前の子は大泣きして騒ぎ、大変でした。こんなにおとなしい子は珍しいです」

 

ター坊は発音が不明瞭な構音障害で、幼稚園の先生方も聞きとりに苦労しているようだった。その原因の一つとして舌小帯短縮症の指摘を受け、手術を勧められていた。

 

なぜ、平然としていられたのか不思議でならず、ター坊のママに訳を聞いた。ター坊は、幼稚園のお友だちクララちゃんを「クラタ」、ユーシン君もユーチンと呼んでいたが、最近になりクララちゃんはター坊の呼びかけに応じなくなった。どうやら「クラタ」というあだ名を付けられたと勘違いしているらしい。

 

ター坊はクララちゃんのそっけない態度に困惑し、ママに相談した。ママはこう説明した。

ベロが動かないから、クラタと言えなくてゴメンね。

「ターちゃんはね、ベロの下が強くくっついて、お話が上手にできないわけ。だから『クララちゃん』とうまく言えないの。わざとではないから、クララちゃんに謝った方がいいと思うよ」

 

数日後、ショッピングセンターで偶然クララちゃん母子の姿を見かけると、「あやまる……」と駆け出した。「クラタタン、ベロが動かないから、クラタと言えなくてゴメンね。言えるようにガンバルから……」。クララちゃんは「いいよ、わかった」と応えた。

 

その夜、ママはター坊に話しかけた。

 

「お医者さんがね、ベロの下をちょっと切るだけでお話が上手になるんだって……。でも手術すると痛いかもね。痛いけど我慢するか、痛いのがいやだからそのままにするか、どっちを選んでもいいからターちゃんが決めて」

 

「……」

 

「急がなくてもいいから考えてね」

 

「やる……」

 

「えっ! どうして?」

 

「クラタと約束したから……」

 

自らの意志で手術を決意する覚悟と、クララちゃんとの約束を守らんとするけなげさが五歳の子に芽生えていることに正直驚いた。孫自慢と言われようが「あっぱれ!」とほめてやりたい。

 

抜糸の日を迎えた時、驚くべき変化が起きた。これまで食事に一時間以上かかったター坊が、ママやパパと同じペースで食べられるようになったのだ。とりわけ肉が苦手でなかなか飲み込めず、ついには吐き出していたのが一気に食べられるようになり、大嫌いだったお肉が「好きになった」のだ。

 

小児科医なのに舌小帯短縮症が食事のスピードや好き嫌いとこうも関係していようとは思いもしなかった。

 

ター坊は今、「クララ」とはっきり言えるようになり、楽しい幼稚園生活を送っている。

 

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大宜見義夫(おおぎみ よしお)

 

1939年9月 沖縄県那覇市で生まれる
1964年 名古屋大学医学部卒業
北海道大学医学部大学院に進み小児科学を専攻
1987年 県立南部病院勤務を経ておおぎみクリニックを開設
2010年 おおぎみクリニックを閉院
現在 医療法人八重瀬会同仁病院にて非常勤勤務
医学博士
日本小児科学会専門医 日本心身医学会認定 小児診療「小児科」専門医
日本東洋医学会専門医 日本小児心身医学会認定医
子どものこころ専門医
沖縄エッセイストクラブ会員
著書:
「シルクロード爆走記」(朝日新聞社、1976年)
「こどもたちのカルテ」(メディサイエンス社、1985年。同年沖縄タイムス出版文化賞受賞)
「耳ぶくろ ’83年版ベスト・エッセイ集」(日本エッセイスト・クラブ編、文藝春秋、1983年「野次馬人門」が収載)

※本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『爆走小児科医の人生雑記帳』(幻冬舎MC)より一部を抜粋したものです。最新の法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。
※「障害」を医学用語としてとらえ、漢字表記としています。

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