(※写真はイメージです/PIXTA)

小児科医である大宜見義夫氏の著書『爆走小児科医の人生雑記帳』より一部を抜粋・再編集し、子どもたちとの心の触れ合いを紹介します。

「これじゃない!」泣き続ける娘に母は…

三歳の女児であるUちゃんは不安げに母親の腕にしがみつきながら診察室へ入ってきた。発達障害の特性を有するUちゃんは、はた目には引っ込み思案で大人しそうだが、家では要求が通らないと、癇癪をおこして泣きわめく意地っ張りな子なのだという。

 

「お菓子食べたい」という要求が通らないと何時間も泣き続けるし、同じパジャマやスカートにこだわり、「これじゃない!」といつまでも駄々をこねる。要求が通らないと、昼夜の別なく泣き続けるので隣近所から虐待を疑われはしまいかと母親はいつもハラハラさせられていた。

 

母親自身、うつ病の治療を受けていたために甲高い泣き声にことさら敏感だった。保育園では比較的大人しくして聞き分けがいいのに、ショッピングセンターに行くとあれが欲しい、これが欲しいと要求がエスカレートし、最後には路上に寝そべって大泣きするパターンが繰り返された。

 

診察室で母とこんなやりとりを交わした。

 

「お母さんに対してだけ強情を張るわけですね」「そうです」

「よその人にはそういう要求はしない?」「しません」

「保育園でも駄々をこねることはないですか」「ありません」

「例外的に聞き分けのいい時がありますか」「前もって約束しているといいみたいです」

「買い物でもそうですか」「そんな感じがします」

「じゃあ、買い物に行く前に『これから買い物に行くけど、今日はこれとこれしか買わない』と前もって見通しを伝えてから出かけたらどうでしょう」「やってみます……」

「これからご飯つくるから、一人で遊んでいてね」

四週間後、再び診察室を訪れたUちゃんは前回のように怯える様子もなくニコニコ顔で私の方へ歩み寄り、私の膝を軽く揺するような仕草をして母親の方へ戻った。母親の話では、前回以降、要求が通らず癇癪をおこすことがほとんどなくなったという。

 

買い物に行く前に何を買うかをきちんと伝え、それ以外はほしがっても買わない旨をちゃんと伝えてから出かけるようにしたら、ほしがり泣きはなくなっていった。以来、母親は努めて見通しを伝えるようにした。

 

夕飯を作る時、「これからご飯つくるから、一人で遊んでいてね」とか、「もう少しでご飯できるから待っててね」「ご飯のあとお風呂に入るからお着替えの準備してね」と伝えるようにした。

 

着替えを自分で選びたがる癖があるので事前にそういう風に伝えるようにしたのである。入浴、着替えがスムーズにいったあと、母親はUちゃんを膝に乗せて一緒にテレビを観るようにしたところ、夕食後の空騒ぎや癇癪も起こさなくなった。

 

母親はこれまで家事に追われるあまり、マイペースなUちゃんを早く早くとせかしていたため不安定にさせてしまっていたのではと反省し、前もって見通しを伝え、ほめるようにしたら穏やかになっていったという。

 

最近では、母親が体調を悪くして横になっていると、Uちゃん自身が洗濯したタオルをきちんとたたむなどの、お手伝いまでしてくれるようになったという。二度目の受診の際、つかつかと私の所へ歩み寄り膝を軽く揺すって後ずさりしたのは、自分自身が「よい子になったよ」という誇らしい気持ちを伝えたかったのかもしれない。

 

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大宜見義夫(おおぎみ よしお)

 

1939年9月 沖縄県那覇市で生まれる
1964年 名古屋大学医学部卒業
北海道大学医学部大学院に進み小児科学を専攻
1987年 県立南部病院勤務を経ておおぎみクリニックを開設
2010年 おおぎみクリニックを閉院
現在 医療法人八重瀬会同仁病院にて非常勤勤務
医学博士
日本小児科学会専門医 日本心身医学会認定 小児診療「小児科」専門医
日本東洋医学会専門医 日本小児心身医学会認定医
子どものこころ専門医
沖縄エッセイストクラブ会員
著書:
「シルクロード爆走記」(朝日新聞社、1976年)
「こどもたちのカルテ」(メディサイエンス社、1985年。同年沖縄タイムス出版文化賞受賞)
「耳ぶくろ ’83年版ベスト・エッセイ集」(日本エッセイスト・クラブ編、文藝春秋、1983年「野次馬人門」が収載)

※本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『爆走小児科医の人生雑記帳』(幻冬舎MC)より一部を抜粋したものです。最新の法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。
※「障害」を医学用語としてとらえ、漢字表記としています。

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