2つのアプローチの使い分けはタイミングが命取り
愛着修復的アプローチをおこなう場合も、まず、支援者が、親と子のそれぞれ、あるいは、一方に対して、愛着安定化アプローチをおこない、支援者との関係がある程度安定したものとなってから、愛着修復的アプローチに移っていくことも多い。
この場合、愛着アプローチの前半部分で中心的な役割を担うのが、愛着安定化アプローチであり、愛着修復的アプローチは後半部分の仕上げにかかわる。ただしケースによっては、愛着修復的アプローチが困難な場合もあるし、タイミング的に時期尚早という場合もある。
愛着修復的アプローチがうまくいくためには、両者の気持ちが、関係修復に向けて準備される必要がある。愛着安定化アプローチは、その準備を促進することになる。その準備が整わないうちに、愛着修復的アプローチに進んでしまうと、もっと傷を深めたり、修復がかえって困難になってしまう危険もあるのだ。
愛着修復的アプローチがうまくいくためには、自分の非を振り返ることができ、かつ、相手の立場や気持ちに立って考えることができる共感能力が求められる。親や配偶者に、振り返りの力や共感能力が欠けている場合、その点をくり返し指導し、高める必要がある。それは容易なことではないが、その点に修復のチャンスはかかっている。
患者本人を診なくても改善が図れる
愛着アプローチの驚くべき点は、必ずしも症状を発している本人を診察したり、カウンセリングしたりする必要がないということだ。これは医学モデルの常識を超えた点でもある。
医学モデルでは、患者を診察し、診断し、治療するということが、基本中の基本である。それは、患者の病気が症状を引き起こしているという前提に立つからである。
しかし、親子間や夫婦間の不安定な愛着の問題が、問題行動や症状につながっているとしたら、医学モデルはかえって問題を見えにくくしてしまう。
親子や夫婦の愛着関係に働きかけ、改善を図った方がうまくいくに違いないし、実際、そうなのである。両者の関係において支配力を発揮し、問題を生み出す主たる原因となっている人が来てくれた場合には、その人の対応を変えることで、劇的に関係改善を図り、愛着の安定化、さらには修復をおこなっていくことができる。
実際に、境界性パーソナリティ障害のケースで見ても、先にも触れたように、本人への直接的な働きかけをおこなうかどうか以上に、母親や配偶者など、本人にとってカギを握る存在への働きかけをどれだけおこなったかが、改善の成否を左右していたのである。
親が子どもの問題で手を焼いて相談にやってきたり、夫婦の一方が、相手の問題で、どうにかならないかと助けを求めてくることも多い。そうした場合、相談にやってくる人は、子どもや連れ合いの問題にばかり目を注ぎ、そのことしか眼中にない。しかし、もう少し客観的に見ると、親子の関係や夫婦の関係自体にも問題が起きている。そして、症状を呈している人の問題と、親子や夫婦の関係の問題がリンクしていることが多い。
そうした場合には、支えている親や配偶者にも、不安定な愛着の問題があり、それが子どもや配偶者の問題行動や症状につながっている場合もある。子どもや配偶者が、純粋に医学的な問題を抱えている場合でも、不安定な愛着の問題が絡むと、関係がぎくしゃくすることで症状が悪化したり、治療もうまくいかないという事態になっている。
だが相談にやってきた人は、そのことに気づいていない。「相手の問題」というふうに受け止めている。そこでいきなり「あなたにも責任がある」などと言っても、とうてい受け入れてもらえないし、助けにもならない。
ここで役に立つのが「愛着モデル」である。子どもや配偶者に起きている問題には、不安定な愛着が要因として、あるいは悪化因子として絡んでいることを指摘し、そこを改善していくことで、本人の状態を改善することにもつながるということを説明する。そして、愛着が安定するための心構えと具体的なかかわり方をアドバイスする。
そうした働きかけを何度もくり返しおこなうことによって、次第に子どもや配偶者に対する接し方が変化し、関係が改善するようになる。そうすると、不思議なことに、問題行動や症状も改善に向かっていく。医学モデルでは考えられないような変化を引き起こすこともできるのである。
意外に多いのは、親や子どもと長年断絶状態になっているが、関係を改善したいというケースである。一方の側としか会えないわけだが、愛着アプローチによりその方の気持ちや心構えに変化を生じさせ、働きかけ方や接し方を変えていくことで、何年も音信が途絶えていたのが、初めて心から打ち解けられるようになるということも起きるのである。
※なお、本文に登場するケースは、実際のケースをヒントに再構成したもので、特定のケースとは無関係であることをお断りしておく。
岡田 尊司
精神科医、作家