薬剤投与ミスが全体の32%だが…「医療過誤と医療費」の怖い関係性 (※画像はイメージです/PIXTA)

医療過誤に伴って支払われた医療費の総額は7年間で約3050万円――。名古屋大学大学院医学系研究科と同大学医学部附属病院患者安全推進部はこのほど、2011年度から2017年度の間に名大附属病院で起きた医療過誤のなかで、病院側に過失があると判断し、病院が負担した新たな治療費を推計しました。医療過誤の研究は原因究明や司法判断に関するものがほとんどで、今回のような研究は極めてまれ。あまり注目されることのない経済的側面に着目した点で意義深い研究といえるでしょう。

「費用を発生させた原因の特定」に照準をあてた研究

この研究は単なる事故件数の調査ではなく、そこから発生した、新たな医療費(病院が負担した額)を明らかにしようとしている点に独自性があります。また、国全体のレベルにおける、医療過誤が原因で発生した医療費を推定した研究はありません。

 

この研究は機関内で医療過誤によって発生した医療費、発生部署、発生原因を明らかにし、対策を講じるべき優先順位を提示することを目的としています。さらに、医療機関が負担した医療費の経年的推移を明らかにし、近年の患者安全対策との関係性について検討しました。

 

今回の調査では、2011年4月1日から2018年3月31日までの間に発生した「名大附属病院の過誤による、と判断された医療事故で、それに伴って発生した新たな医療費を名大附属病院が負担した事例」について遡及的に分析しました。

 

この研究は病院の倫理審査委員会で承認されました。集計と分析にはインシデント報告を義務付ける院内のシステムを活用。病院の院内弁護士を含む患者安全推進部が「過失性有り」と判断した事例を抽出し、病院の医事会計データから関連費用を抽出しました。

 

調査の対象は医療過誤に伴って発生した新たな治療費のみで、訴訟や賠償の費用は含まれていません。臨床試験に関連した事例も除外されました。

インシデント発生最多「病棟」、医療費最多「手術室」

7年間に、医療過誤で発生した有害事象は合計197件でした。これらの有害事象に対し、病院が負担した医療費は合計3050万円。年間平均では440万円でした。名大附属病院には患者安全推進部があり、従業員なら誰でもインシデントを報告できます。

 

症例数が最も多かった発生場所は病棟(82件)で全体の41.6%を占めます。以下、手術室(49件、24.9%)、外来部門(35件、17.8%)、放射線部門(22件、11.2%)と続きます。

 

病院負担の医療費が最も多く発生した場所は手術室(1940万円、総費用の63.8%)で、以下、病棟(660万円、同21.6%)、放射線部門(270万円、同8.8%)の順でした。

 

有害事象ごとに発生した医療費の平均コストで最も高かったのは手術室で、1イベントあたり39万8000円。以下、診察室(14万5000円)、放射線部門(12万2000円)、病棟(8万円)。197件のうち、24件が病院の総費用の80.2%を占めました。

医療過誤の原因第1位は「薬剤投与ミス」だが…

症例の発生場所や件数、費用の負担割合の傾向はこれまで見てきたとおりです。では、医療過誤の原因の内訳とそれに関連する費用の割合はどのようになっているのでしょう。

 

同研究によると、主な原因は、報告頻度の高い順に、薬剤投与ミス(63例、全体の32.0%)、術中損傷(21例、10.7%)、検査データの誤った取得(19例、9.6%)、遺残(18例、9.1%)でした。

 

発生した費用で最も病院の負担金額が大きい原因は遺残(980万円、全体の32.0%)と術中損傷(600万円、19.7%)でした。これらで総医療費の過半を占めています。

 

遺残にはカテーテルなど、ガーゼなどがあります。また、術中損傷には穿孔(せんこう)、誤穿刺(ごせんし)などが報告されています。

 

上記からわかるように、薬剤投与ミスは原因の首位でありながら総医療費に占める割合は1割強。対照的に遺残は原因としては1割以下であるにもかかわらず、総医療費の3割強を占めていました。

 

要因としては、カテーテルとガイドワイヤーのコストが比較的高いことや、除去中の血管損傷といった事象発生後に治療費が高額となる点が挙げられます。

 

研究にあたった名古屋大学大学院医学系研究科の星剛史さんは「カテーテル遺残、血管損傷など、カテーテル治療に関する医療事故防止に注意をはらうべきではないか」と警鐘を鳴らします。

データで見えた「医療過誤による医療費」の意外な内訳

この研究では、医療過誤の発生率が最も高い場所が病棟であることを導き出しています。ただし、1件あたりの費用が異なるため、最も多額の費用が発生したのは手術室であったことも明らかにしています。

 

「これまでの多くの研究では病棟関連の事故が評価されています。対照的に、この研究では手術室の事故が大きな経済的影響を及ぼしていることが明らかになりました」と星さんは強調します。

 

星さんらが導いた研究の到達点は「手術領域、特に血管侵襲に関連する遺残を含む有害事象を減らすための対策を優先すべきである」ことです。実際、名大附属病院では、手術室の医療安全対策が医療過誤による医療費の削減に貢献した可能性があるとされています。

医療機関の「健全な経営」が患者の安全につながる

この研究の陰の立役者は弁護士でしょう。インシデントの報告は院内の義務です。しかし、先例の報告を保証するものではありません。名大附属病院には専属の弁護士がいたため調査することができたのは間違いないはずです。「病院内の弁護士がいなければ同じ調査を行うことは困難です」と星さんも振り返ります。

 

この研究の要点は医療過誤と、それに関連する原因や費用の院内調査を実施することです。その分析は医療費を削減し、医療機関にとって経済的な健全さをもたらすのに役立つでしょう。それは結果的に患者安全を促すことにもつながるはずです。

 

名大附属病院に限らず、医療過誤に伴う医療費の発生は病院経営上、できる限り減少させることが望ましいのは論を待ちません。そのためにも、事故を未然に防ぐための患者安全への対策が求められています。

 

社会保障費の適正化の観点からも病院首脳がこれまで以上に経営感覚を研ぎ澄まし、医療過誤を減らすための方策を継続的に講じていくことが望まれます。

 

 

伊藤公一事務所 代表/ジャーナリスト

元新聞記者、雑誌編集者。新聞、雑誌、フリーペーパー、webなど、さまざまな媒体に関わりながら、一貫して取材、執筆、編集業務に従事してきた。現在はメディカル分野に軸足を置き、フリーランスの立場で活動を続ける一方、各種出版物の編集受託や自費出版などのコンサルティングなどにも携わる。東北大学大学院医工学研究科「医療工学技術者創成のための再教育システム」修了。日本メディカルライター協会正会員、認定自費出版アドバイザー、文章セミナー講師。1956年、愛知県生まれ。

著者紹介

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