(※写真はイメージです/PIXTA)

収入減少や年功序列・終身雇用の終焉、年金不安や健康不安、さらにはコロナ禍…。私たちは今、「笑っている場合ではない」世の中を生きています。しかし歯科医である筆者は、「このような世の中だからこそ笑いが必要」と語ります。実は、医学的・心理学的にも「笑い」が心身に健康をもたらすと立証されていることをご存じでしょうか。患者の笑顔を増やすことを医院の使命に掲げて治療を行う筆者が解説します。

「いい笑顔は心身を健康にする」と医学・心理学で証明

「いい歯で、いい笑顔」というキャッチフレーズは歯医者の常套句になっています。このフレーズは、治療をすれば、健康な歯が手に入り、きれいな歯で自信をもって笑顔になれるという意味でよく使われていますが、「いい笑顔」で笑うことで心身ともに健康になるということを、日々患者と向き合うなかで感じています。笑いは気持ちを明るくしてくれますし、周りの人たちとのコミュニケーションも円滑にしてくれます。

 

これは私の持論ではなく、医学や心理学の世界でもその効果は立証されており、6つの効果があるとされています。

 

1つ目は、「幸福感が増す」という効果です。

 

笑うと幸せな気分になります。これは誰しも経験があるはずです。イライラしていたり嫌なことがあったりしても、何かの拍子に笑うと、さっきまでの不快な気持ちが薄らいだり消えたりします。その理由は、笑うことによって脳内ホルモンのエンドルフィンが分泌されるためです。

 

脳内麻薬とも呼ばれているエンドルフィンには、痛みやストレスによる苦痛を抑える作用があり、その効果はモルヒネの数倍といわれています。マラソンをする人たちの間では、エンドルフィンはランナーズハイをもたらす要因として知られているかもしれません。エンドルフィンは、マラソンのように肉体や精神が極限状態に追い詰められたときに分泌されることが多いのです。

 

一方で、苦痛を感じているときとは正反対の、幸せを感じるシチュエーションでも分泌されるのがエンドルフィンの不思議なところです。おいしいものを食べて満腹になったときや、温かいお風呂に入ってリラックスしているとき、そして楽しく笑っているときにもエンドルフィンは多く分泌されるのです。

笑顔は「リラックス状態」に切り替わるスイッチ

2つ目は、「自律神経のバランスが整う」という効果です。

 

不安や恐怖、緊張などによって心にストレスが掛かると、脳でストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールの分泌が増えます。コルチゾールは副腎で分泌されると、血流に乗って全身を回ることで、「ストレスに対処しましょう」という指令を体内の臓器に伝えていきます。例えば心臓の場合、この指令を受けると心拍数が増えます。その結果、血圧が上がり「心臓がドキドキする」状態になるわけです。歯科医院で治療を受ける前などはまさにこのような状態といえます。

 

また、コルチゾールは、すべての内臓や全身の血管を支配している自律神経にも大きく影響しており、交感神経を優位に働かせます。交感神経は、体が活発に動いているときに優位になる神経で、血圧を上昇させたり、瞳孔を拡大させたりします。分かりやすくいうと、心と体が興奮している状態をつくり出すのです。

 

一方、眠っているときやリラックスしているときは副交感神経が優位になります。この2種類の神経が自律神経と呼ばれるもので、交感神経と副交感神経がうまくオンとオフを切り替えることで、心と体のバランスが取れるようになっています。

 

笑いには、体内のコルチゾールの値を下げる効果があり、ストレスによって体が興奮状態(交感神経が優位)になったときでも、副交感神経を優位に働かせる役割があるのです。

ニコッとすれば若く見え、むすっとすれば老けて見える

3つ目の笑いの効果は、「エイジングケア」になるということです。

 

アメリカの心理学者の研究で、笑顔と見た目の年齢について調査したものがあります。

 

ある男性モデルの3パターンの表情(無表情、小さく笑った顔、歯を見せて笑った顔)を写真に撮り、その写真を見た人に「何歳に見えるか」を聞くというものです。その結果、無表情の写真は平均55歳でしたが、少し笑うだけで53歳、歯を見せて笑った表情は52歳に見えるという結果になりました。個人差はあるでしょうが、笑うだけで3歳も若く見えることが分かったのです。実生活においても、ニコニコしている人が若々しく見え、無表情でむすっとしている人が実年齢よりも老けて見えると感じたことがある人も多いと思います。

 

そもそも人は年を取るほど笑う回数が減っていくことが分かっています。子どもはどれくらい笑うかというと、その数、なんと1日400回といわれています。1日400回ということは、起きている時間を半日程度としてもおよそ2分に1回のペースで笑っていることになります。

 

「ああ、子どもの頃は楽しかったなあ」

 

そう感じる人もいることでしょう。2分に1回笑っているのですから、楽しいはずなのです。しかし、年を取ると笑う回数が減っていき、20代で1日20回ほど、50代で10回未満、70代では1、2回まで減ります。

 

私のホームグラウンドでもある笑いの聖地・大阪でも、40代男性の5人に1人は「週に1回も笑わない」というデータがあります。

 

これらの調査結果から年を取るにつれて笑わなくなり、笑わないからさらに実年齢よりも老けて見えるという悪循環があるということが分かるのです。

笑うだけで「免疫力」が即アップ

4つ目の笑いの効果は、「免疫力がアップ」するということです。

 

笑いの健康面での効果では、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)が活性化されることが解明されています。NK細胞というのは白血球の一種で、がん細胞などを退治する自然治癒力をもつ細胞です。

 

人の体内では、健康な人であっても1日に数千個ものがん細胞が発生しています。しかし、人は生まれながらにNK細胞をもっているため、これらががん細胞を死滅させているのです。つまり、NK細胞が活性化している人ほど、がんになりにくく、健康でいられるということです。

 

笑いがNK細胞を活性化することは、多くの実験によって証明されています。その一つが、大阪ミナミにある「なんばグランド花月」で行われた実験です。知らない方のために説明しておくと、なんばグランド花月は吉本興業が運営する大阪では知名度ナンバーワンのお笑い劇場です。この聖地で実験を取り仕切ったのは、がん研究の名医である伊丹仁朗先生です。

 

がんや心臓病を患っている人を含む19人に漫才や新喜劇を見て笑ってもらい、免疫機能にどう影響するかを調べるという内容でした。実験では、まず被験者に3時間大笑いしてもらいます。その前後に採血してNK細胞の数値を測定します。結果、漫才や新喜劇の鑑賞前にNK活性の数値が低かった人は、鑑賞後には正常範囲まで増加していました。

 

このことから、笑いには免疫力向上やがん予防の効果が期待できることが分かり、しかも、即効性があることも分かりました。笑いは、精神的な安定をもたらすだけでなく、肉体的にも健康増進につながる重要なものなのです。

退屈な日と笑った日とでは「血糖値」に大きな差

5つ目の効果として挙げられるのは、「血流と血糖値が良くなる」ということです。

 

笑うと通常よりも呼吸の回数が増えます。また、思い切り笑ったときの呼吸は深呼吸や腹式呼吸と近い状態になるため、通常時の呼吸(胸式呼吸)と比べて、体内に取り入れる酸素の量や、体外に排出する二酸化炭素の量が増えます。体内に取り込む酸素の量が増えることで血流が良くなり、新陳代謝が活発になります。加えて笑いには、血糖値を下げる効果もあるといわれています。

 

また、大笑いするとお腹が痛くなることからも分かるとおり、腹式呼吸に近い状態で呼吸することで、腹筋や横隔膜の運動にもなります。笑顔をつくるための顔の筋肉の一つである表情筋も鍛えられますし、笑いと筋肉の運動でカロリーが消費されるため、多少ですがダイエットにもつながるのです。

 

血糖値については、村上和雄先生が行った実験で、2型糖尿病を患っている人に漫才を見てもらい、血糖値の変化を調べたものがあります。被験者には、まず、食後に退屈な講義を聞いてもらい、そのときの血糖値を調べます。翌日は食後にB&B(「もみじまんじゅう」で一世を風靡〔ふうび〕したコンビです)の漫才で笑ってもらい、血糖値を調べます。この結果を比べたところ、漫才を聞いた日のほうが血糖値の上昇が大幅に抑えられていたことが確認できました。

面白いと感じたり、笑ったりすると「脳の働き」が向上

6つ目の効果として、笑いによって「脳の働きが良くなる」ことも分かっています。

 

血流が良くなることは脳にとっても重要なポイントです。脳は、最も酸素を消費する器官です。言い換えると、脳は最も酸欠に弱い器官で、例えば、ストレスを受けたときなどには呼吸が浅くなることによって、体内の酸素を大量に消費してしまい、働きが低下します。眠いときやぼーっとしているときに出るあくびも脳の酸欠状態を示す現象の一つといわれ、こういう状態のときも脳の機能が低下しています。この状態を脱するには脳に酸素を供給する必要があり、その酸素は血液によって運ばれます。つまり、笑って血流が良くなることにより、脳に運ばれる酸素の量が増え、脳が活性化するというわけです。

 

笑いと脳内の酸素について調べた実験も数多く行われています。ある病院では脳疾患がある患者に落語を聞いてもらい、その前後で脳の血流量を調べました。その結果、6割以上の人の血流量が増加したことが分かりました。また、血流量が増えたのは落語を聞いて笑った人で、つまらないと感じた人、面白くないと感じた人たちの血流量は増えない、または減っていました。

 

このことから分かるのは、血流量を増やすために重要なのは落語を聞くことではなく、落語を聞いて面白いと思ったかどうか、つまり、面白いと思ったり、笑ったりすることが大事ということなのです。

 

笑いと脳については、もう一つ大事なポイントがあります。それは、笑うと脳のアルファ波とベータ波が増えるということです。脳は、リラックスしているときにアルファ波が現れ、考えごとなどをしているときにベータ波が現れます。また、脳の機能が低下しているときにはデルタ波とシータ波が現れます。前述した落語の実験では、笑った人の脳内で、アルファ波とベータ波が増えました。つまり、笑いによって脳はリラックスした状態にも、考えごとなどができる状態にもなるということです。

世界一長寿の男性に取材したら…超長寿のワケに納得

6つの笑いの効果のほかにも、笑いによって糖尿病が改善した、認知症が軽減した、リウマチが改善したなど、研究や実験の報告はたくさんあります。それらも踏まえていえることは、笑いは脳にも体にも良く、精神的にも良い万能薬のような効能ももっているということです。

 

当然、心身ともに健康であるほど人生は豊かになります。また、笑いは場の雰囲気を明るくしますし、笑顔は相手を安心させ、心地よくさせます。そう考えると、笑いを増やすことは、世の中を良くしていくことと言っても決して過言ではありません。古今東西、笑いながら戦争した人はいないのです。

 

ここで泉重千代さんという人物のエピソードを紹介します。泉重千代さんは鹿児島の徳之島出身の男性で、世界最長寿でギネスブックに認定されたことがある方です(現在は出生時の証明が不明瞭という理由でギネス認定はされていません)。その泉さんが、長寿の秘訣を聞かれたインタビューで、こんなふうに答えたという話があります。

 

以下、レポーターと泉さんのやりとりです。

 

レポーター「長寿の秘訣はなんですか?」

 

泉さん「酒と女かのお」

 

レポーター「お酒は何を飲むのですか?」

 

泉さん「黒糖焼酎を薄めて飲むんじゃ」

 

レポーター「女性はどういうタイプがお好きですか?」

 

泉さん「私は甘えん坊だから、やっぱり、年上の女かのお」

 

もはや説明するまでもないでしょうが、世界最長寿の泉さんより年上の女性はいません。

 

泉さんがウケを狙ったのかどうかは分かりませんが、狙ったのだとしたらすばらしい笑いのセンスです。泉さんの家には、当時、長寿世界一にあやかろうと毎日のようにたくさんの人が訪れたそうです。そういう人たちに、泉さんはお酒を出してもてなしました。楽しい人のところには自然と人が集まります。

 

泉さんが元気で長生きできたのも、常に周りに人が集まり楽しい人生をまっとうすることができたのも、大好きなお酒、女性だけでなく、冗談で周りを笑わせる笑いのチカラがあったからだと思います。

 

 

安積 中

あづみハッピー歯科医院 院長

 

 

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※本連載は、安積中氏の著書『人生を切り開く笑いのチカラ』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

人生を切り開く笑いのチカラ

人生を切り開く笑いのチカラ

安積 中

幻冬舎メディアコンサルティング

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