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漫才も人生も、「オチ」こそすべて
オチは、笑いを引き出す決め手です。自分のネタ帳(経験や記憶)のなかで、相手に最もウケそうなネタを選別することが、オチを決めることです。
オチを決めることは、時間軸を長くして見ると、目標を決めることと言い換えることができます。オチを人生の目標、ネタを目標達成の道のりと考えると、患者さんを笑わせるという小さな目標を達成するときにも使えますし、歯医者になる、お金持ちになるといった、人生を懸けて挑むような大きな目標を達成するためにも大いに役に立ちます。
少し強引な言い方かもしれませんが、途中の掛け合いがグダグダでも、オチがビシッと決まれば、お客さんは笑います。「面白い漫才だった」と拍手してくれます。
人生も同じで、多少の紆余曲折があっても、重要なのはオチです。最終的に目標達成できれば良い人生ですし、途中経過が完璧でも、最終的に目標が達成できなければ、それは良い人生とは呼べません。
そう実感したことが2回あります。1つは、九州歯科大学の受験のときです。私は二浪して、三度目の正直で志望校に合格しました。ただ、2回目の受験のときも、3回目の受験のときも、実は滑り止めの大学は受かっていました。2回目のときは、某大学に合格しました。九州大学歯学部がE判定だと分かり、どこか確実に受かるところはないだろうかとA判定の可能性が高い大学を探したところ、この大学の存在を知り、受験をしたら合格したのです。
そのときに考えたのが、確実に合格を取るか、二浪して歯医者を目指すかです。一浪で合格のほうが見栄えは良いのですが、歯医者になる目標は捨て切れません。
某大学を卒業後は公務員になる道が見えるわけですが、それまで自分が公務員になるなど一度も考えたことがありません。よって二浪を決意しました。公務員はすばらしい仕事ですが、私には向いていません。最後の最後で「良い人生だった」と振り返るためには、歯医者にならないといけないと思ったのです。
3回目の受験のときも同様に、海上保安大学校に合格していました。このときも、自分が海上保安官になることなど想像したことすらありませんでした。海上保安官は国の平和・安全を守るすばらしい職業です。責任感が伴う仕事ですし、とても生半可な気持ちで目指して、続けられる職業ではありません。結果この年に、無事、九州歯科大学に合格できました。
高給厚遇の「雇われ院長」に応募した結果、大失敗
人生のオチを意識した2回目の出来事は、歯医者になってから5年ほど経ったときのことです。無事に歯医者になれたことで、私の次なる目標は、自分の歯科医院をもつことに変わりました。つまり、独立開業です。
周知のとおり、歯医者は世襲が多く、お金持ちの家の人もたくさんいます。そのため、親の歯科医院を継いだり、親からの資金援助を受けて独立開業したりする人も少なくありません。私の大学の同窓生も裕福な人が多く、親から土地や資金の援助を受けて、開業していました。
ただ、このような援助は安積家ではとうてい見込めません。そのため、私は勤務医を続けながら少しずつお金を貯め、自力で独立開業の道を模索していました。そんな折、「隣の県で歯科医院をつくる。ついては雇われ院長を探している」という話が舞い込みます。しかも、高給厚遇です。
この話を聞いた私は、生まれついての金銭欲の深さに脳を支配され、すぐに応募し、採用されました。同窓生とは少し経緯が異なりますが、晴れて自分も院長になり、自分の城をもつことができたわけです。
ところが、これが大失敗でした。雇い主の会社は医療とはまったく関係のない業種の会社で、当時、右肩上がりで業績を伸ばしており、イケイケの会社で、とにかく稼ぐことが第一でした。
そのため、日曜日も祝日も関係なく診療です。会社の計画では、患者さんが少ないときは、往診車を出して診療に出向き、さらには、年中無休で診療だ、次は24時間診療だと、どんどんエスカレートしていくのです。
地元の医師会からハブられ、無実なのに行政指導まで…
会社としては、歯科医院経営のイノベーションを目指していたのかもしれません。しかし、周囲の目は冷ややかです。
歯医者の業界には、日曜や祝日は休診するという「村のルール」があります。それをことごとく壊していく私(厳密には会社の方針なのですが)は、当然ながら嫌われます。
「大阪から来た安積いうのが無茶しよる」
そう言われて、当初は、地域の歯科医師会にも入れてもらえず、村八分にされることになったのです。
さらに、開業して半年くらい経ったときには、身に覚えのない不正請求で行政指導を受けることになります。
「安積のような強引な経営を許すと、雨後の筍のように企業経営の歯科医院が増える」
「個人経営の歯科医院の脅威になる」
そのような理由で、「歯科医村」の誰かが行政指導を要請したのでしょう。行政指導はまるで警察の取り調べ室のようで、密室で3時間半にわたり、「不正請求してるやろ」「認めろ」と罵詈雑言を浴びせられました。
心が折れそうになりつつも、少年時代に鍛えられた強い精神力でどうにか無実を証明しましたが、このとき、「自分は何をしてんねん」と情けなくなりました。自分の歯科医院をもち、一国一城の主になったつもりでした。
しかし、現実は想像とは大きく違い、「ブラック歯科医院の雇われ院長」です。これでは笑えません。過労死で死んでも死に切れません。このままだと想定外のネタで、想像もしていないオチを迎えます。そう考えて、すぐに辞表を出しました。大阪に戻り、再び勤務医となり、自力で開業する道を歩くことにしたのです。
無事に開業できたのは、それから1年後のことです。医院名のとおり、ハッピーな開業にたどり着けたのは、紆余曲折にへこたれることなく、歯医者としての人生のオチ(目標)を明確に描けていたからなのです。
安積 中
あづみハッピー歯科医院院長
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