(画像はイメージです/PIXTA)

米国のグラフ雑誌『ライフ』が1999年に企画した「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」で、第86位ながら、日本人としてただ一人ランキング入りしているのが江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎です。享年90。平均寿命が50歳にも満たなかった当時、その倍近い長さの人生を全うした北斎は何か特別な健康法を取り入れていたのでしょうか。伝えられる資料や専門家への聞き取りで、その秘密に迫ります。

脳血管障害を機に努めて柚子を取った

オリジナルレシピを考案するほど柚子の効能に期待を寄せた北斎。そもそもの出合いは60代末期に脳血管障害で倒れたとき、勧められて飲んだ柚子湯が思いのほか回復に役立ったためであると言われています。

 

鷲見医師によると、効き目の決め手は柚子に含まれるヘズペリシンという成分。血流を改善させる作用があるからです。北斎が患った脳血管障害が脳梗塞であったとすれば、柚子湯は相応の働きをしたと思われます。

 

柚子湯でなんとかしのぐことができたことを考えると、障害の度合いは幸運にも、比較的小さなものであったと察せられます。大きさばかりでなく、障害を起こした部位にも恵まれていたのでしょう。

 

右利きの場合、左側の運動野を障害されると利き手で絵筆を握ることが困難になります。前頭葉が障害されると意欲も低下するので根気よく書き続けるのも苦になる。視野を司る後頭葉が障害されればものも見えにくくなります。よくよく北斎は強運だったということでしょう。

 

北斎の食生活に話を戻します。文献によると北斎は酒もたばこも嗜(たしな)まぬ質素な生活を送り、玄米や蕎麦を好んでいたのだとか。玄米は食物繊維やビタミンB1を含んでいます。蕎麦にはビタミンB1のほか、毛細血管の強化に役立つルチンが豊富です。

 

ルチンの働きはビタミンCと相性が良いので柚子と一緒に取るのが理想的。双方に含まれるビタミンB1不足は脚気(かっけ)をもたらします。脚気は当時恐れられていた病気の一つでした。経過によっては心不全を引き起こすこともあります。その意味で、北斎の食生活は期せずして予防効果を高めていたと思われます。

 

結果的に、北斎の好物であった柚子、玄米、蕎麦の組み合わせが血管の健康に有利に作用したことは確かでしょう。

脳の若さを保った、弟子たちとの交わり

生涯に3万点もの作品を残せたことについて、鷲見医師は専門医らしい見立てをします。北斎には非常にたくさんの弟子がいました。有名な『北斎漫画』は彼らに絵の基礎を教えるためにまとめられたと言われています。

 

自分よりも若い弟子たちとの絵を介した交わりは北斎の脳に刺激を与え続け、脳の若さを保つことに役立ったのではないかと鷲見医師は推し量ります。

 

彼らの自由で斬新な作品に接することも創作欲を掻き立てられる要因となったでしょう。決して現状に満足せず、絶えず新しいことに挑む好奇心や積極的な姿勢は膨大な作品数として実を結びました。

 

絵を描くためには脳をフル回転させなければなりません。前述したように、対象物を捉えるためには後頭葉を使う必要があります。立体表現や空間認識を司るのは頭頂葉。根気よく書き続けるためには前頭葉の働きがモノを言います。緻密な描写には手の運動野の発達が欠かせません。まさに、絵を描くことは脳を総動員させる営みともいえます。

 

飽くなき探求心と創作意欲。もともとの体質と血管の健康を保つのに役立つ食生活。そして老いてもなお若々しい脳の働き。それらが一つになって、類まれなる偉大な芸術家の長寿を支えていたことは間違いないようです。

 


 

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